パートナーシップ宣誓制度 婚姻の不平等は解消される?
静岡県が2022年度中の導入を検討している「パートナーシップ宣誓制度」。性的少数者(セクシュアルマイノリティ)や事実婚のカップルなどの関係を公に認める制度です。県は、法律上の婚姻が選択できないことで、悩みや生きづらさを抱える県民がいる現状を踏まえ、誰もが生きやすい社会を目指すとしています。
今回は、「戸籍同性カップル」に焦点を当て、制度によってどのような不平等が解消されるのか、また制度の限界はどのようなことなのか、考えてみます。
〈取材・編集:編集局未来戦略チーム 石岡美来〉
制度の目的と静岡県内の現状
日本では現在、戸籍同性カップルは婚姻ができません。それにより、戸籍同性カップルは異性カップルが持つ権利や行政サービスを享受できません。その不平等を少しでも解消し、当事者の尊厳を守るための制度が「パートナーシップ宣誓制度」です。

県内では浜松市が2020年4月、富士市が21年4月、静岡、湖西の両市が22年4月に導入しています。
パートナーシップ宣誓制度について全国の状況をまとめたホームページ「みんなのパートナーシップ制度」によると、22年6月現在、日本全国で218の自治体が導入していて、人口カバー率は50%を超えています。
制度によって何が変わる?
パートナーシップを宣誓することで、さまざまな場面で法律上の家族に近い扱いが得られやすくなる可能性が増えます。

公営住宅の家族向け居室に入居することも可能になる方針です。静岡県の県営住宅管理条例は、入居者資格を定めた第4条で「現に同居し、又は同居しようとする親族(婚姻の届け出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者その他婚姻の予約者を含む)がある者」という同居親族要件が定められています。戸籍同性カップルは従来、親族と認められておらず、入居ができませんでした。県によると、パートナーシップ宣誓制度の導入後は、宣誓したカップルを「親族(婚姻の届け出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者)」と同様に認める方向だということです。
宣誓した人が職場で、法律婚をした人と同様の福利厚生が受けられるようになる場合もあります。すでに導入している浜松市では、パートナーシップを宣誓した市職員に対し、連続5日間で有給の結婚休暇を認め、パートナーやその父母を介護するための休暇や勤務時間の変更も可能にしました。また結婚祝い金についても、法律婚をした職員と同様、宣誓した職員に3万円を給付します。
県のパートナーシップ宣誓制度には、ファミリーシップ規定が盛り込まれる予定です。ファミリーシップ規定は、パートナーシップを宣誓したカップルの子どもも含めた家族関係を公に認めるものです。例えば災害時などに子どもを学校から引き取る際、家族関係が証明できずに苦慮することがあるという声を踏まえて規定された、子の福祉を第一に考えた制度です。子どもが15歳以上の場合は、本人が同意していることも要件となります。
戸籍上の性別が同じというだけで、婚姻が結べないのはなぜ
浜松市南区のライター国井良子さん(49)は、自営業の鈴木げんさん(47)と2020年4月に同市でパートナーシップを宣誓しました。国井さんは女性で、鈴木さんは、戸籍上の性別の女性としてではなく、男性としてのアイデンティティを持つトランスジェンダー男性。戸籍上の性別は2人とも女性です。国井さんは、制度について「私たちの場合は、平等な婚姻選択ができるようになるまでの間を繋ぐ制度」と捉えているといいます。
「男性として生きる彼(鈴木さん)と知り合い、異性として好きになった」。国井さんはそう説明します。戸籍上同性同士ですが、異性愛のカップル。「戸籍上の性別が同じであるというだけで婚姻を結べない現状は不平等だと感じる」と話します。
パートナーシップ宣誓に法律的な保障がないことが、不安の種になることもあります。国井さんは今後考えなければならないこととして、相続の問題を挙げました。今後、法律婚したカップルと同じように、お互いが財産を残していくためには、遺言公正証書を作成することも考えているといいます。「公正証書なんて異性カップルにはそもそも不要。この関係のままこれから年齢を重ねていくと、考えなければいけない問題が増えていくと思う」と話します。
ただ、パートナーシップ宣誓をしたことで周囲の変化も実感しています。これまで2人を見守っていた国井さんの母親(73)は、セクシュアルマイノリティのニュースや話題により関心を持ち、周囲にもオープンに話すようになりました。
パートナーシップ宣誓制度についての国井さんの発信を目にした知り合いから、自身や母親が声をかけられる事も増え、制度をきっかけにセクシュアルマイノリティについて周囲の関心の高まりを感じているといいます。
「当事者が自分の周りに1人でもいることが分かると、多様な性のあり方というものがその人の中で自分事として感じられる」と国井さん。「せっかくできた制度を広めて定着させていくためには、誰かが前に出て発信しなければいけない。それなら、これからを生きる人のためにも、私たちができることをしたい」。言葉に力が入ります。
パートナーシップ宣誓制度は婚姻の代わりになるのか?
戸籍同性カップルが婚姻を選べないことによる不平等を解消することが目的の一つだったパートナーシップ宣誓制度ですが、法律的な保障がなく、依然として婚姻を選べる異性カップルとの差は存在します。婚姻制度に詳しい水谷陽子弁護士は、そもそも婚姻を「法律上の配偶者という地位を得ることにより、さまざまな権利のパッケージを得られる制度」と説明します。戸籍同性カップルは法律上の婚姻を結ぶ選択肢がないが故に、配偶者にはなれません。遺産相続では法定相続人に当たらず、原則として遺産を相続することはできません。また、税金の配偶者控除は適用されず、遺族年金も受け取れません。こういった点において、パートナーシップ宣誓制度は、法律的に家族としてつながる「婚姻」の代わりにはなり得ません。

それでは、法的拘束力のないパートナーシップ宣誓制度の意義はどういったものなのでしょう。水谷弁護士は「セクシュアルマイノリティの存在を可視化するもの」と定義します。自治体がパートナーシップ宣誓制度を導入することは「自分たちの地域にもセクシュアルマイノリティがいることを肯定的に示す」ことにつながります。水谷弁護士は「その地域でセクシュアルマイノリティへの理解が広まるきっかけにもなり、当事者にとっての生活上の安心感につながります。そしてセクシュアルマイノリティへの不当な差別や偏見をなくしていくことは、セクシュアルマイノリティ以外の社会的少数者に属し、それによって困りごとを抱える人にとっても大事な一歩になります」と話します。
現状では、自治体という大きな存在がセクシュアルマイノリティの不平等を少しでも埋めることが必要な段階で、そのための制度が「パートナーシップ宣誓制度」です。現在は性的「少数」者と捉えられている人たちが、当たり前の存在として認識されることが、誰もが生きやすい社会です。さまざまな性や家族の形を示すことで、多様性が認識される社会を構築する足がかりになることがパートナーシップ宣誓制度の意義です。