「河川維持流量」設定へ 富士川の環境改善へ一歩
水枯れや生物激減、支流での汚泥の不法投棄などで河川環境の改善が注目される富士川。国土交通省は、渇水期でも維持すべき流量として「河川維持流量」を設定すると発表しました。長年、声を上げ続けてきた流域住民の声が事態を動かしました。維持流量の設定で富士川の環境はどのように変わるのでしょうか。ポイントや設定の背景をまとめます。
〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・吉田直人〉
来年度中に設定へ 水利権巡り国交省方針 水枯れ改善へ転機
駿河湾産サクラエビの不漁を契機に注目される富士川の河川環境について、国土交通省は17日、渇水期でも維持すべき流量として「河川維持流量」を設定すると発表した。戦時期から続く日本軽金属の水利権が存在し、これまで調整が難しい面があった。水枯れが伝えられる富士川本流の河川環境にとって大きな転機となりそうだ。
国の固定価格買い取り制度(FIT)を使って売電している波木井発電所の取水量が一定程度減ることで、維持流量の設定が可能になるとみられる。
富士川水系には1922(大正11)年に水利権を許可された波木井発電所をはじめ、日軽金が自家発電用に使用する施設が多数ある。発電のため取水した水は基本的に川に戻らず、導水管を経て同社蒲原製造所(静岡市清水区)の放水路から駿河湾に注いでいる。このため、富士川本流の水量は慢性的に少なく、釣りやラフティングなどのスポーツを行う人たちが維持流量設定を強く望んでいた。
上流域の濁りや不法投棄された有害物質は希釈されず、放水路からサクラエビの産卵場の湾奥に注ぎ、漁師らからも水利権を疑問視する声が出ていた。
田中氏は「住民への説明なくFITでの売電を行うのはガイドライン違反では」と指摘。資源エネルギー庁の茂木正省エネルギー・新エネルギー部長は「違反の場合、法に基づき指導する。改めて事業者に事情を聴き、関係自治体に確認する」と答弁した。
(「サクラエビ異変」取材班)
〈2022.02.18 あなたの静岡新聞〉
取材班が解説 流域住民の思い、国動かす
河川環境保全の「一丁目一番地」に位置付けられる「河川維持流量」が来年度、富士川でも設定されることになり、サクラエビの不漁に端を発した「森川海と人」を巡る議論はスタートラインに立った。「水を返して」という流域住民の思いが事態を動かした。
河川維持流量が富士川で設定されなかった背景には、法改正以前から巨費を投じてダムや発電所、導水管を整備し、水利権を維持し続けてきた企業の存在がある。今後、営利活動と住民運動などのバランスの中で水利権は更新時に変更され、維持流量も設定されることになるが、住民の川への思いが盛り上がりに欠ければ、企業側に優位に働くケースもある。これはほかの河川でも同様だ。
ただ、国土交通省はどのようなプロセスを経て富士川の維持流量を定めるのか決めていない。同省担当者は一般論として、魚類の生息環境調査などに鑑み国が裁定することもあるとする。国は少なくとも流域住民の意見を聞きながら作業を進めるなど、民主的な手続きが必要だろう。(「サクラエビ異変」取材班)
<メモ>河川維持流量 1997(平成9)年改正の河川法1条を受け、施行令10条で設定が求められている河川環境保全のための目安。1級と2級河川において策定が義務付けられた「河川整備基本方針」などの中に盛り込むよう定められている。国土交通省によると、国が管理する109の1級河川のうち、富士川を含めた1割強の14河川でいまも設定されていない。
〈2022.02.18 あなたの静岡新聞〉
河川環境改善ここからがスタート 国の動き注視
駿河湾奥に注ぐ富士川について、国土交通省は17日、2022年度に「河川維持流量」を設定すると発表した。日本軽金属波木井発電所(山梨県身延町)の水利権更新に合わせ取水量を削減することで物理的に可能になるが、川にどの程度、水が戻るかは見通せないまま。流域住民は河川環境改善につながる維持流量設定を歓迎する一方、国の具体的な動きを注視している。
南部町の佐野和広町長は、近年は強い濁りもあってアユがすまないことを指摘し「かつての清流は体をなしていない。維持流量の設定で景観も向上し、町づくりに貢献することを期待する」とした。
昨夏富士宮市議会に請願が採択された、地元でラフティング会社などを経営するサクラエビ漁師佐野文洋さん(49)は「最大で毎秒75トンある日軽金の自家発電用水利権は3分の2程度に減らすのがフェア。漁業者の立場でも声を上げていかなくてはならない」と述べた。同市議の近藤千鶴氏は「維持流量を民主的に決めるため、関係者で協議会を設置すべき。山梨県側ともつながり、もっと流域の声を大きくしないといけない」とした。
山梨県側で富士川の河川環境改善を求めて活動する住民団体「富士川ネット」の事務局長の男性会社員(48)=同県南アルプス市=は「戦時期以来『当たり前』だと思ってきた富士川のありようを見直すときがいまそこに来ている。海と川を行き来する生物を保全するために流域住民が立ち上がらなくてはならない」と訴えた。(「サクラエビ異変」取材班)
〈2022.02.18 あなたの静岡新聞〉
富士川の汚濁 不法投棄、生物激減... 問題は山積
「尺アユの川」と呼ばれ、井伏鱒二にも愛された富士川の河川環境が注目を浴びる。
「われわれもやれることはやろうと思って」。16年から富士川で透視度調査などを続けてきた芝川漁協(富士宮市)の長谷川三男組合長(70)は、衆院選期間中唯一の日曜日となる24日、富士川本流でアユの産卵床を作るイベントを計画中だ。
アユの産卵シーズンを前に、重機や人の手で、小石の上や小石同士の隙間に堆積した粘着質の泥を洗い流す。底生生物(水生昆虫類)の生息調査もする。
水質の問題だけではなく、日軽金の自家水力発電用巨大水利権や水害をたびたび引き起こす同社雨畑ダムの堆砂など、水系は“問題山積”だ。地元市議会は7月、河川環境改善を求める地元住民からの請願を採択した。
静岡・山梨両県や国土交通省は今夏、富士川水系で凝集剤由来の劇物アクリルアミドモノマーの拡散状況を調べた。15年ほど前の環境省の調査によれば、微量の検出が見られたのは港湾や河口がほとんどだったが、今回は富士川中流の早川との合流地点で同量程度が検出された。ただ、両県は人や生物への影響については否定した。
一方、劇物検出を受け、流域には驚きが広がった。本紙の報道で、2年以上前に不法投棄が行われなくなっているにもかかわらず、依然として凝集剤由来成分が検出された衝撃は大きかった。より魚毒性が高い凝集剤成分も18トンが流出したことも判明したが、拡散実態の調査は手つかずだ。
河口を産卵場とするサクラエビが水揚げ金額の9割を占める由比港漁協(静岡市清水区)の宮原淳一組合長(80)は「行政は逃げ回っているようにしか見えない。国や日軽金は海での調査もしてほしい」と憤る。
〈2021.10.22 あなたの静岡新聞〉※肩書き、年齢は掲載日時点