お茶のある暮らし 女性連携「茶W」活動中
日本一の茶どころ静岡の立場は安泰ではありません。茶生産量は全国トップを維持していますが、茶産出額は1992年の862億円をピークに下降基調。2019年には1970年から続いた茶産出額首位の座をいったん鹿児島県に明け渡しました(翌2020年に奪還)。茶業界は変革への歩みを模索しています。そうした動きの一つ、未来へ新たな風を吹き込もうと連携を深める茶業界女性のプロジェクト「茶W」の取り組み、メンバーの思いを1ページにまとめました。あわせて茶業の現状を示す統計もご紹介します。
〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・松本直之〉
県茶業会議所と茶商女性らが昨年立ち上げ、活動開始
茶業界で働く女性がつながり、アイデアと力を出し合い、新たな消費価値を生むためのプロジェクト「茶W(ちゃだぶりゅー)」がこのほど始動した。県茶業会議所(静岡市葵区)と、県内の生産者や茶商の女性が立ち上げた。同会議所の守安史子さんは「皆さんが生き生きと活躍できるよう、ネットワークのハブ(中心)として支えたい」と意気込む。

「W」は、Women(女性)▽Widen(広げる)▽Worth(価値)▽Wise(賢明な)-の四つの頭文字を指す。「女性の活躍の場を広げる。多様な知恵を結集し、真に価値ある活動を追求する」との決意を込めた。
2019年、同会議所が初めて、生産者や茶商、飲食店などの女性を集めて意見交換会を開いたのがきっかけ。同会議所と茶商の海野桃子社長(同区)、青島美貴さん(島田市)、生産者の秋山静子さん(富士市)ら有志が、プロジェクト発足に動いた。
有志が業界の女性に聞き取りしたところ、早朝の市場取引、新学期と重なる繁忙期など、茶業と子育ての両立の難しさを指摘する声が上がった。性別や年齢を問わず働きやすい業界に変えていくことにも力を入れる。
同会議所の伊藤智尚専務理事は「茶業は男性主体。男性は茶そのものの完成度を高めようとするあまり、茶はこうあるべきだという理屈にとらわれやすい側面がある」とみる。「女性には、茶のある暮らし自体が消費者を豊かにするという発想がある」と、新風の巻き起こしを期待する。
11月の「販路開拓セミナー」は録画配信方式。同会議所のウェブサイトで公開する。誰でも無料視聴できる。
〈2021.12.10 あなたの静岡新聞〉
女性の視点で茶業発展へ メンバー3人に聞きました

新茶が出回る春先の1カ月間は、毎朝4時に起きて市場へ行く。同居の両親にあとを任せ、子どもを起こさないよう、そっと家を出る。農家が出した荒茶を見比べ、どれを買い付け、工場でどうブレンドしてどんな商品を売り出すか、判断する。さまざまな茶に出合える「仕入れ」は、一年で一番わくわくする時だ。
社会では女性活躍が進み始めたとはいえ、仕事と家事育児を両立するのは、いまだに易しいことではない。特に茶商の中核的な仕事の一つである「仕入れ」は、何人か子どもを産み育てたいと考える女性にとっては、両立が厳しい側面がある。
茶を見極める「目」を養うには、毎年経験を積まなければならない。仕入れの繁忙期は、学校の新学期と重なる。子どもを送り出すのに慌ただしい早朝という時間帯。力仕事も伴う。
茶商の経営者はほとんどが男性。静岡市内では男性が9割以上を占める。背景には、茶商ならではの慣習的な経営方式もあり、多くの男性が、娘への承継をためらうと聞く。
茶Wの設立にあたり、業界で働く女性たちに幅広く聞き取りをした。これまで大半の女性が、家業の嫁やパートなどの従業員として、裏方業務に精を出してきた。
茶市場や社内で荒茶を飲み比べるための「拝見台」はかつて、男性の聖域だった。女性は「化粧のにおいが茶に吸着するから」などと言われて遠ざけられた時代もあったようだ。
業界で生きてきた女性たちは、表舞台に立つことは少なかったが、自らが関わってきた茶業に貢献したい気持ちは強い。その思いとパワーを生かすことができれば、業界にとってどれほどすばらしいことか。
多様な茶を育てる生産者と、多様な味わいを求める消費者がいる。両者を意識した戦略を考えるのは、女性が得意とするところ。一人一人の力をさらに引き出すことが、茶業全体の発展につながる。(談)
〈静岡市葵区の茶商「本山製茶」の5代目社長。伊ファッションブランドの日本法人社員、幼稚園教諭を経て、37歳で本山製茶の従業員に。41歳で第3子を産んだ直後、親族から経営を引き継いだ。44歳。〉
■仲間同士つながり大切に 青島美貴さん お茶のあおしま(島田・茶商)
12年前、大手企業の営業職を辞め、夫の家業である茶商の「おかみ」になった。義父が急死し、義母や夫に「手伝ってほしい」と頼まれたのがきっかけだ。
サラリーマン家庭で育った私には、四六時中身内と過ごすこと自体が苦しかった。家族経営はあうんの呼吸で進む。会議で売り上げ目標やビジョンを共有することはない。解決すべき課題も役割も分からなかった。働いているのに、社会から切り離された気分だった。自分の存在意義を見失った。
転機は2年前。県茶業会議所の呼びかけで、茶業界の女性たちが集まった。「こんなに大勢の仲間がいる」と安心感が湧いたのを覚えている。徐々に、商品開発や消費者との結びつきにやりがいを見いだした。
女性は自己開示がうまい。仕事だけでなく子どもや趣味の話もしていると、相手とぴたっと意気投合する瞬間がある。一方、夫をはじめ同業の男性たちは、互いに情報を隠して張り合っていると感じることがある。
静岡茶の危機が叫ばれて久しい。自社だけがもうかればいい時代は終わった。茶Wを、茶業で働く仲間同士がつながる場にしたい。誰もが、好きなことを語り合える場にしたい。それぞれが場を最大限に活用し、結果的に静岡茶の底上げにつながれば本望だ。
義父と息子の下で働きづめだった義母に、「おかあさんも茶Wの一人だよ」と話したら、とても喜んでいた。年齢に関係なく、「私もこの業界に貢献していけるんだ」という自己肯定感も得られる場になればうれしい。(談)
〈大手メーカー営業職を経て、島田市の茶商「お茶のあおしま」のおかみに。同社のセカンドライン「ちゃさじ」ブランドを立ち上げ、「抹茶粉とシェイカー」「香炉と専用茶葉」のセット販売などを手掛ける。〉
■多様な品種、飲み方 認め合う 秋山静子さん 秋山園(富士・農家)
茶業界は「茶とはこうあるべき」という固定観念に縛られ、本来の価値を自ら狭めてしまっているように感じる。
茶品評会で審査をする時や、茶商が農家から荒茶を仕入れる時、「欠点探し」をして点数や値段を付けていくという業界独特の習わしがある。「葉の形がふぞろいだ」「水色が悪い」などと言いながら、減点したり、値切ったりする。
品評会は茶の品質を一定に保つために必要だが、その審査基準が、市場でも絶対的な価値基準になっている。基準から外れると、業界内では認められない傾向がある。
例えば番茶は、市場では価値が低いが、上等な一番茶と違い、熱湯で気軽にいれられる良さがある。寒い冬に飲むと体が温まる。市場では価値の高いうまみの強い茶を、一流シェフがコース料理の合間に出すことはまずない。料理のうまみとかち合うからだ。「欠点がある」と評される茶の方が、料理に合わせやすい。
茶市場や茶商が求める価値と、料理人や消費者が求める価値に、隔たりがあるのが現状だ。脈々と培ってきた伝統だけをよりどころにしていては、生き残れない。農家も「品評会で評価されるお茶を作らなければ」という旧来の価値観に縛られてはいけない。多様な品種、多様な製法、多様な飲み方…。それぞれの個性を、業界のみんなで認め合うことが大切ではないか。
私は、人々の好みや気分に応じて、生活のあらゆる場面に茶を取り入れ、楽しんでほしい。茶Wで、これまで表に出てこなかった女性たちの感性を共有したい。自由にアイデアを出し合おう。茶業に携わる全ての人が、ウィンウィンの関係になれる仕組みを目指したい。(談)
〈富士市のいちご農家出身。元幼稚園教諭。26歳で同市の茶園「秋山園」の代表茶師と結婚した。40もの多様な品種を育て、自社で製茶加工、直販している。茶と料理のペアリングを追究する。57歳。〉
県茶業会議所の担当職員 守安さん「テロワール、魅力」

茶業に関わる女性の横の連携を強め、その視点や感性を引き出そうと、プロジェクト「茶W(ちゃだぶりゅー)」を立ち上げた。鹿児島のハンドボール実業団選手、東京のレストランマネジャーを経て地元に戻り、茶業発展に尽力する。
―スポーツから食の世界へ転身した経緯は。
「トレーニングの一環として食を強制され、つらかった時に、カフェの店員と料理に心身が癒やされたのがきっかけ。勤務先のレストランでは、生産者の思いを一皿に込めて、一連のストーリーと共に客に提供する喜びを知った。大好きな地元で経験を生かせたらと3年前にUターンした」
―茶業との縁は。
「親戚に茶農家が多い。産地や生産者に関わる仕事を探していたら、偶然求人があった」
―茶の価値、魅力とは。
「ワインと同じように、生育環境による特性(テロワール)がある。味も香りも作り手も、とても多様」
―茶と消費者、理想の関係は。
「ワインはワイナリーごとにファンがいる。茶も、生産者や茶商それぞれにファンがつくといい。消費者個々人が場面ごとに『癒やされる茶』を見つけて楽しんでほしい。業界の黒子として、両者がつながるよう後押ししたい」
◇
茶を介して自身と向き合う「茶とヨガ」などのイベントも企画している。
茶産出額 静岡が首位奪還 2020年、鹿児島の減少幅大きく
農林水産省は2021年12月24日、2020年の農業産出額を発表し、静岡県の茶は2年ぶりに首位に返り咲いた。前年比19・1%減で203億円だったものの、前年に初めて静岡県を抜いて全国1位となった鹿児島が21・4%減の198億円に落ち込んだ。

20年は新型コロナウイルスの感染拡大時期と新茶シーズンが重なり、急須で入れるリーフ茶の需要減退に追い打ちをかけた。製茶問屋は仕入れをストップし、減産に踏み切る茶農家も多かった。全国の生葉産出額でも21・6%減の409億円と落ち込んだ。
静岡県の茶産出額は1992年の862億円をピークに下降基調にある。生産量では全国トップを維持しているものの、19年は251億円に終わり、252億円の鹿児島に1970年から続いた首位の座を明け渡した。
首位奪還を果たしたが、生産者の収入に直結する産出額の落ち込みに県は危機感を隠さない。お茶振興課の小林栄人課長は「消費者のニーズに合った茶づくりに向けて努力していきたい」と話す。
〈2021.12.25 あなたの静岡新聞〉