連載小説 頼朝の記事一覧

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第一章 龍の棲む国㊸【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
しかし、仮に自分が朝日[あさひ]姫の伴侶となり、夢のお告げ通り世を統べるとなれば、清盛[きよもり]のように朝廷に入り込み、帝[みかど]の外祖父として世を操るようなやり方はしたくない。 (目指すは武士が天下を握る世だ) そこまで考え、頼朝[よりとも]は自身の中に生まれ出た、恐ろしい野望に息を呑[の]んだ。 (武士が天下を握るだと) 源氏の復興もままならぬ中、武士政権の樹立など、あまりに話が大きすぎて笑い出したくなる。だが、他の誰でもない。己自身の内から湧き上がった望みだ。 今まで言語化しなかっただけで、頼朝の中には存在していた考えなのだ。それが、朝日姫に促され、言葉にすることで輪郭
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第一章 龍の棲む国㊷【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
みなが、朝日[あさひ]姫を一斉に見た。男たちの鋭い視線に怯[ひる]むことなく、 「私は不思議な夢を見ました」 姫は続けた。 「夢……それはいかような」 頼朝[よりとも]が訊[たず]ねる。 「見知らぬ地を、上へ向かってひたすら登っていく夢です。遥[はる]か高い峰を登り切ったとき、この手の中に満月と日輪が握られていました。それを左右の袂[たもと]に収め、私は橘の実が三つ生[な]る枝を翳[かざ]すのです」 ごくりと盛長[もりなが]が息を呑[の]んだ。 「月と日が姫君のお手に……それはつまり……」
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第一章 龍の棲む国㊶【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
頼朝[よりとも]とその郎党四人、朝日[あさひ]姫に義時[よしとき]が、車座となって、広くもない板間に雁[がん]首をそろえている。 何を言い出すのだ、この姫は……と頼朝は慌てた。許婚[いいなずけ]などと嘘[うそ]を吐き、後々話が流れたとなれば、双方の名に傷が付く。流人の自分はともかく、すでに婚期が遅れ気味の朝日姫の人生を、揺るがすことになりかねない。 「あ、姉上……」 弟の義時も驚いて、身を乗り出してきたが、姫のひと睨[にら]みで黙してしまった。 藤九郎盛長[もりなが]はその点には一切触れず、 「手出しできぬと言ったところで、
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第一章 龍の棲む国㊵【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
「姫はなぜ、私が巻狩[まきがり]に出ると思われたのか」 気になって訊[たず]ねた頼朝[よりとも]に、「だって……」と朝日[あさひ]姫は上目遣いに空を見上げた。こんなことは率直に答えていいはずがない、と言いたげに肩を竦[すく]め、 「その方が、色々とお得でしょう」 とだけ口にした。 (油断ならぬ人だ) 朝日姫は、こちらの心中をほぼ正確に測っているのかもしれない。もしかしたら、この伊豆でもっとも警戒せねばならないのは、この姫かもしれぬと頼朝には思えた。 (まさかな) すぐに打ち消したが、恐ろしく頭がいいことだけは確かだ。もし男なら、なんとしても仲間に引
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第一章 龍の棲む国㊴【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
初めは米粒ほどの土煙が瞬く間に大きくなり、馬で疾駆する朝日[あさひ]姫の姿に変わった。供の代わりに、十四歳になる弟の四郎義時[よしとき]を従えている。 少し手前から、頼朝[よりとも]を大声で呼びながら、姫は明るい笑みを浮かべた。頼朝の前で、馬の脚を留める。 「ちょうど良かった。後で蛭島に[ひるがしま]寄ろうと思っていたところです」 「何か?」 「今年は数年に一度の大掛かりな巻狩[まきがり]のある年です。佐殿は、いかがいたしますか」 朝日姫は、頼朝に参加の有無を訊[たず]ねた。場に、微妙な緊張が走る。巻狩を主催するのが、伊東祐親[すけちか]だからだ。 (ほう…&
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第一章 龍の棲む国㊳【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
三善康信[みよしやすのぶ]が今回遣わした使者も、いつもと変わらぬ月に三度の定期便の一つであったが、文に書かれた都の情勢には、見過ごせない「兆し」があった。 そこには、後白河院[ごしらかわいん]の皇太后で、今上帝高倉[たかくら]天皇の生母、建春門院[けんしゅんもんいん](平滋子[しげこ])が七月八日に崩御したことが綴[つづ]られている。建春門院は、清盛[きよもり]の嫡妻・時子[ときこ]の妹だ。 近頃、徐々に後白河院と平家の利害がずれ、両者の間に亀裂が入りつつある中、かろうじて建春門院の存在が崩れかけた絆を繋[つな]いでいた。 後白河院の寵愛[ちょうあい]を一心に受けていただけでなく、建