2022年5月20日(金)

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連載小説 頼朝の記事一覧

連載小説 頼朝
連載小説「頼朝 陰の如く、雷霆の如し」をお読みいただけます(月-金午後6時更新)。
  • 知っとこ|小説「頼朝 陰の如く、雷霆の如し」魅力は?
  • 第一章 龍の棲む国㊸【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     しかし、仮に自分が朝日[あさひ]姫の伴侶となり、夢のお告げ通り世を統べるとなれば、清盛[きよもり]のように朝廷に入り込み、帝[みかど]の外祖父として世を操るようなやり方はしたくない。  (目指すは武士が天下を握る世だ)  そこまで考え、頼朝[よりとも]は自身の中に生まれ出た、恐ろしい野望に息を呑[の]んだ。  (武士が天下を握るだと)  源氏の復興もままならぬ中、武士政権の樹立など、あまりに話が大きすぎて笑い出したくなる。だが、他の誰でもない。己自身の内から湧き上がった望みだ。  今まで言語化しなかっただけで、頼朝の中には存在していた考えなのだ。それが、朝日姫に促され、言葉にすることで輪郭

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  • 第一章 龍の棲む国㊷【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     みなが、朝日[あさひ]姫を一斉に見た。男たちの鋭い視線に怯[ひる]むことなく、  「私は不思議な夢を見ました」  姫は続けた。  「夢……それはいかような」  頼朝[よりとも]が訊[たず]ねる。  「見知らぬ地を、上へ向かってひたすら登っていく夢です。遥[はる]か高い峰を登り切ったとき、この手の中に満月と日輪が握られていました。それを左右の袂[たもと]に収め、私は橘の実が三つ生[な]る枝を翳[かざ]すのです」  ごくりと盛長[もりなが]が息を呑[の]んだ。  「月と日が姫君のお手に……それはつまり……」  

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  • 第一章 龍の棲む国㊶【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]とその郎党四人、朝日[あさひ]姫に義時[よしとき]が、車座となって、広くもない板間に雁[がん]首をそろえている。  何を言い出すのだ、この姫は……と頼朝は慌てた。許婚[いいなずけ]などと嘘[うそ]を吐き、後々話が流れたとなれば、双方の名に傷が付く。流人の自分はともかく、すでに婚期が遅れ気味の朝日姫の人生を、揺るがすことになりかねない。  「あ、姉上……」  弟の義時も驚いて、身を乗り出してきたが、姫のひと睨[にら]みで黙してしまった。  藤九郎盛長[もりなが]はその点には一切触れず、  「手出しできぬと言ったところで、

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  • 第一章 龍の棲む国㊵【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     「姫はなぜ、私が巻狩[まきがり]に出ると思われたのか」  気になって訊[たず]ねた頼朝[よりとも]に、「だって……」と朝日[あさひ]姫は上目遣いに空を見上げた。こんなことは率直に答えていいはずがない、と言いたげに肩を竦[すく]め、  「その方が、色々とお得でしょう」  とだけ口にした。  (油断ならぬ人だ)  朝日姫は、こちらの心中をほぼ正確に測っているのかもしれない。もしかしたら、この伊豆でもっとも警戒せねばならないのは、この姫かもしれぬと頼朝には思えた。  (まさかな)  すぐに打ち消したが、恐ろしく頭がいいことだけは確かだ。もし男なら、なんとしても仲間に引

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  • 第一章 龍の棲む国㊴【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

      初めは米粒ほどの土煙が瞬く間に大きくなり、馬で疾駆する朝日[あさひ]姫の姿に変わった。供の代わりに、十四歳になる弟の四郎義時[よしとき]を従えている。   少し手前から、頼朝[よりとも]を大声で呼びながら、姫は明るい笑みを浮かべた。頼朝の前で、馬の脚を留める。  「ちょうど良かった。後で蛭島に[ひるがしま]寄ろうと思っていたところです」  「何か?」  「今年は数年に一度の大掛かりな巻狩[まきがり]のある年です。佐殿は、いかがいたしますか」  朝日姫は、頼朝に参加の有無を訊[たず]ねた。場に、微妙な緊張が走る。巻狩を主催するのが、伊東祐親[すけちか]だからだ。  (ほう…&

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  • 第一章 龍の棲む国㊳【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     三善康信[みよしやすのぶ]が今回遣わした使者も、いつもと変わらぬ月に三度の定期便の一つであったが、文に書かれた都の情勢には、見過ごせない「兆し」があった。  そこには、後白河院[ごしらかわいん]の皇太后で、今上帝高倉[たかくら]天皇の生母、建春門院[けんしゅんもんいん](平滋子[しげこ])が七月八日に崩御したことが綴[つづ]られている。建春門院は、清盛[きよもり]の嫡妻・時子[ときこ]の妹だ。  近頃、徐々に後白河院と平家の利害がずれ、両者の間に亀裂が入りつつある中、かろうじて建春門院の存在が崩れかけた絆を繋[つな]いでいた。  後白河院の寵愛[ちょうあい]を一心に受けていただけでなく、建

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  • 第一章 龍の棲む国㊲【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]が北条荘に移って、一年が過ぎた。安元二(一一七六)年七月。  ひぐらしが盛んに鳴く中、頼朝は蛭島[ひるがしま]の館[たて]で使者と面会した。眼前に座す使者とは初めて会うが、遣わした男との付き合いは長い。  頼朝が伊豆に流されて以来、十六年もの長きにわたり、欠かさず月に三度、手の者を今日のように都から寄越し、御機嫌伺をし続けている。  名を三善康信[みよしやすのぶ]というその男は、頼朝に複数付いた乳母のうちのひとりの甥[おい]にあたるということだ。太政官に務める従五位下の貴族である。  頼朝はまだ直に会ったことのない康信に、舌を巻く思いでいた。いったい、誰が十六年間も、配流され

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  • 第一章 龍の棲む国㊱【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     北条荘に戻った頼朝[よりとも]には、驚くことばかりだ。  五年前に、蛭島[ひるがしま]の館[たて]はうち捨てていた。さぞや草に埋もれ、朽ちているに違いないと覚悟していたのだ。  本来なら、先に手の者を差し向けて、普請し直してから館に入るべきである。それを、朝日[あさひ]姫に促されるまま、轡[くつわ]を並べて戻ってきた。  見ると、草は刈られ、古くはなっていたが、それだけに趣ある館の佇[たたず]まいだ。  中から煙が立ち上っている。おいしそうな匂いが鼻をくすぐった。  「これは……」  振り返ると、朝日姫が姿の良い富士を背に、にこりと笑う。  「お疲れでしょう。今

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  • 第一章 龍の棲む国㉟【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     まさか、とその聞き覚えのある声に頼朝[よりとも]は驚きを隠せない。  (なぜこんなところにいるのだ。ここは走湯権現[そうとうごんげん]だぞ)  息をゆっくり呑[の]み込み、頼朝は自分を落ち着かせてから振り返った。  「佐殿[すけどの]、お久しぶりでございます」  やはり、そこに立っていたのは北条の姫、朝日[あさひ]姫だ。直垂[ひたたれ]に野袴姿の男の形で、頭頂で高く結い上げた髪を、軽快に風に靡[なび]かせている。朝日姫は、相好をくしゃりと崩した。姫自身が光を発しているような明るさだ。  (こんな感じの人だったろうか)  ここ数年、ずっと伊東荘にいたから、朝日姫とは五年ぶりの再会だ。最後に見た

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  • 第一章 龍の棲む国㉞【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]は走湯権現[そうとうごんげん]へ「逃げてきた」のだが、「伊東氏は流人を逃がしてしまうような失態は犯していない」と言い張りたいのだ。  だから、「北条氏の許しを得て参拝にきた」という頼朝の主張を、祐親[すけちか]はあっさり受け入れたのだと、祐清[すけきよ]は教えてくれた。  「もう二度と伊東の地を踏まねば、北条荘で佐殿[すけどの]が何をしようと、父曰[いわ]く、『知らぬこと』とのことでございます」  「相分かった」  つまりは、もう走湯権現に隠れていなくともよいということだ。危機は脱した。だのに、少しも気が晴れず、屈辱感に苛[さいな]まれる。  頼朝は一度、視線を上げて遠くを見

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  • 第一章 龍の棲む国㉝【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]が、愛児の遺体さえ引き揚げてやれず、後ろ髪引かれる思いで伊東荘を脱出して、二か月が過ぎた。今は、走湯権現[そうとうごんげん]の中の文陽房覚淵[もんようぼうかくえん]の僧房に世話になっている。  毎日、覚淵から仏の教えを聞き、写経と読経を欠かさない。海岸線から続く八百段を超える石段の上にある本殿と、そこからさらに参道を上った先の山頂に建つ本宮へも、雨の日、風の日問わず参拝した。  暑い盛りのこの日、伊東に戻っていた祐親[すけちか]の息子・祐清[すけきよ]が、ようやく頼朝を訪ねてきた。二人は、本殿の裏山に当たる〝古々井[こごい]の森〟を、歩きながら話をした。『枕草子』に「森はこご

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  • 第一章 龍の棲む国㉜【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     迷っている時間はない。頼朝[よりとも]は即断した。  「走湯権現[そうとうごんげん]に参る」  祐親[すけちか]は、平家を憚[はばか]って孫に手をかけた男だ。それだけ、波風が立つことを嫌っている。走湯権現の衆徒と争うなど、清盛[きよもり]が聞けばこめかみを震わせそうなことをするはずがない。  それに、頼朝には走湯権現に知り合いの僧がいる。文陽房覚淵[もんようぼうかくえん]というたいそうな名の男だ。頼朝を慕って時々遊びに来る九つ下の加藤景廉[かげかど]の兄である。  加藤氏は元々伊勢の豪族だ。それが、平家と揉[も]めて、伊豆まで逃げてきていた。景廉も覚淵も、「同じ反平家」として頼朝に親しみを

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  • 第一章 龍の棲む国㉛【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]主従は、千鶴[せんつる]丸の骸[むくろ]を探しながら松川を下ったが、見つからぬうちに夜を迎えた。骸が腐敗することや魚についばまれることなどを考えると、一刻も早く見つけてやりたい。  だが、暗闇の中で水底を探るのは無理な話だ。この日は諦め、また明日、太陽が昇ると同時に再開することにした。  館に戻って一人になると、頼朝は拳を床に叩きつけ、己を呪った。  すまぬ、すまぬ、千鶴丸―――。  同じ言葉だけが、頭の中で繰り返される。  どのくらいそうしていたろう。  「佐殿[すけどの]、起きておられるか」  郎党藤九郎盛長[もりなが]の声だ。板戸の向こうから呼吸は二つ。盛長は誰かを伴

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  • 第一章 龍の棲む国㉚【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     伊東祐清[すけきよ]の話では、千鶴[せんつる]丸は腰に大きな石をくくり付けられ、簀巻[すま]きの状態で生きたまま、松川の上流の滝壺[つぼ]に投げ込まれたという。 (どれほど苦しかったか。せめて、苦しまぬよう逝かせてやる慈悲すらなかったのか)  ぐっと、頼朝[よりとも]は手を握り込んだ。  頼朝たちは、千鶴丸が放り込まれたという淵に、祐清を先頭に馬で向かった。伊東館から南方に一里ほど川を遡[さかのぼ]る。  重しを付けられたのなら、骸[むくろ]はまだ淵の底に留まっているはずだ。頼朝は、引き揚げて手厚く葬ってやりたかった。  疾駆する途中、頼朝の鼻を嗅ぎなれた匂いがくすぐる。橘[たちばな]の香り

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  • 第一章 龍の棲む国㉙【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     だからといって、なぜ千鶴[せんつる]丸が死なねばならぬのか。  両手を広げて立ちはだかる盛長[もりなが]が、さっきは怒鳴ったくせに、今度は淡々と告げた。  「どうしても辛抱できぬと仰せなら、それがしを斬って行くがよろしかろう。佐殿[すけどの]を失った後の世に、なんの未練がござろうか」  騒ぎを聞きつけて、館の奥から出てきた藤原邦通[くにみち]も、盛長の言葉の後を継ぐ。  「それがしもお斬りくだされ。あの世に先に渡って、冥途[めいど]の露払いをいたしましょう」  頼朝[よりとも]は愕然[がくぜん]となった。いつもどちらかといえばふざけていることの多い二人だ。源氏の御曹司頼朝に、何か期待してい

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  • 第一章 龍の棲む国㉘【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     「それで」  頼朝[よりとも]は上ずりがちの声で、祐清[すけきよ]に先を促す。  「いったい千鶴[せんつる]丸様はどこへ消えたのだと、誰彼となく館の者を捕まえて訊[き]き出した話によれば……」  掠[かす]れかけた声を戻すため、祐清は唾をのみ込み、先を続けた。  「すでに父の命で殺してしまったと……」  「千鶴丸を、手にかけたと申すか」  頼朝は耳を疑った。  幾ら頼朝が憎いからといって、祐親[すけちか]にとっても血の繋[つな]がった孫ではないか。しかもまだ数えで三つ。この世に生まれ出て二年の幼子だ。何の罪があるというのか。  千鶴丸は

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  • 第一章 龍の棲む国㉗【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     付き従っていた小野田藤九郎盛長[もりなが]が、  「今はいったん引く時でござろう」  祐親[すけちか]の本音に愕然[がくぜん]となる頼朝[よりとも]に、逃走を促す。  先に千鶴[せんつる]丸を見せに伊東館を訪ねた八重[やえ]姫は、どうしているのだろう。共に連れて帰りたかったが、今はそれどころではない。  祐親の命で、弓を携えた郎党ら数人が駆け出してくる。本当に射殺されかねない勢いに、頼朝は慌てて馬に跨[またが]り、逃げ戻るしかなかった。  「首尾よく行きましたかな」  何も知らぬ押し掛け郎党の藤原邦通[くにみち]が、おどけた様子で主を出迎え、ただならぬ空気に言葉を詰まらせ黙り込んだ。  頼

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  • 第一章 龍の棲む国㉖【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     野望の道具にされた八重[やえ]姫の姉・万劫[まんこう]御前のことは気の毒に感じたが、土地争いの件は元々の嫡流である祐親[すけちか]にも言い分があると頼朝[よりとも]は判じている。  道理を違[たが]え、順番を乱せば一族の争いを生む。争った一族は弱体化する。弱いものは、他家に蹂躙[じゅうりん]される。河内[かわち]源氏のように。  「案ずることはない」  頼朝は先刻と同じ言葉を、八重姫に繰り返した。  「むしろこの時を待っていたぞ。やっと父君にご挨拶[あいさつ]ができるのだ。お許しが出たら、共に暮らそう」  八重姫は不安げに頼朝を見つめたが、  「うれしゅうございます」  弱々しく微[ほほ]笑

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  • 第一章 龍の棲む国㉕【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     伊東祐親[すけちか]が伊東荘に戻ってくる。  初めから三年で戻ってくるのは分かっていたとはいえ、その名を聞くだけで、頼朝[よりとも]の胃はきりりと痛んだ。  庭に降りた千鶴[せんつる]丸が、「きゃあ」と高い声を上げてはしゃいでいる。乳母子らと一緒に庭木に隠れながら、追いかけっこを楽しんでいるのだ。  庭には、橘[たちばな]の木が白い花を無数に付け、まるでそこだけ雪が降り積もったかのようだ。辺りは良い匂いに包まれ、時じくの香の木の実の生[な]るという常世の国に迷い込んだ錯覚を覚える。八重[やえ]姫と頼朝が初めて口づけを交わした、あの日と同じ香りであった。 「案ずることはない」  頼朝は八重姫の

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  • 第一章 龍の棲む国㉔【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     わが子がこれほど可愛[かわい]いなど、実際に授かるまで、頼朝[よりとも]は知らなかった。  八重[やえ]姫も愛[いと]おしいが、今は千鶴[せんつる]丸と会うのが楽しみだ。数え三つの幼子は、見るたびに成長している。昨日までできなかったことが、今回はできる様[さま]に、つい心が弾む。  この日も頼朝は八重姫を訪ねた。  「おと様、おと様」  千鶴丸は頼朝に懐いていて、姿を見せると喜んでまとわりついてくる。抱きつく指の小ささはどうだろう。  この子を見ていると、自分は一生、起[た]つこともなく、この地に骨を埋めても良いとさえ思えてくる。 (もとより、源氏の再興など夢物語ではないか)  大切なものの

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  • 第一章 龍の棲む国㉓【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     安元元(一一七五)年。  頼朝[よりとも]が父親になって二年経つ。生まれたのは男児で、いつまでも息災に長生きできるよう願いを込め、千鶴[せんつる]丸と名付けた。  子ができたのをきっかけに、頼朝は八重[やえ]姫の女親に挨拶[あいさつ]に行った。母親には、祐親[すけちか]の反応を恐れて渋い顔をされたが、実際に産まれてしまうと孫は可愛[かわい]いらしい。頼朝は、館[たて]に通うことを許された。だが、最大の関門、祐親の許しを得ていない。  女方の実家の力が強い時代だ。女親がうなずけば、必ずしも父親の許しを待たずとも、結婚が許される場合もある。ただ、それは両家の力関係や、妻がどの位置づけにあるかによ

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  • 第一章 龍の棲む国㉒【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     「分からない……とは」  口ごもりながらも、頼朝[よりとも]は「まさか」と思い始めていた。  「私が初めての口づけを捧[ささ]げ、今日はこうして館[たて]を抜け出してきた理由でございます」  耳まで赤くなった八重[やえ]姫のいじらしさに、ぎゅっと頼朝の胸が痛んだ。ここまで言われれば、さすがの頼朝でも分かる。姫は「好きだ」と言ってくれているのだ。だが、自分は流人ではないか。一時の激情に任せれば、身を滅ぼす。頼朝は首を左右に振った。  「父君はお許しにならぬだろう」  いいえ、とは八重姫も言わない。  「後のことは考えないで」  今、この一瞬に生きると言った、あの日

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  • 第一章 龍の棲む国㉑【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     あの後も頼朝[よりとも]は音無[おとなし]の森に足を運んだ。伊東の中央を東西に割る形で、ほぼ南北に流れる松川沿いにこの森はある。水際の森は心地よく、ほっと息がつけた。  しょっちゅう森に通っていると、時おり八重[やえ]姫の姿を見かける。いつも侍女が一人か二人、姫を守るように従っていた。侍女の目を憚[はばか]ってか、八重姫にあの日のような大胆な振る舞いは見られない。少し、残念だった。  初めは挨拶[あいさつ]を交わす程度が、侍女も打ち解けてくるに従い、秋にかけて緑の実が黒ずんでいく椨[たぶ]の木の下で、二人の男女は距離を縮めていった。  「私、父上の館[たて]とは別に、この森の近くの館に、母

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  • 第一章 龍の棲む国⑳【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     図らずも都風に振る舞って、八重[やえ]姫に恥をかかせてしまったことを、頼朝[よりとも]は悔いた。  だが、急に口を閉ざせば、「何を言われたのか分からなかったのだな」という事実を突きつけてしまうことになる。  「姫は、不老不死をお望みか」  口にした「時じくの香[かぐ]の木の実」が何であるのか分かるように、慎重に会話を進める。  いいえ、と八重姫の薄紅色の唇が、すぐさま否定した。その柔らかそうな唇が、ふいに頼朝の眼前に近づいたかと思うと、男のかさついた唇を、潤いと共に包み込んだ。 (えっ?)  頼朝の体が硬直した。十三歳で平治の乱に巻き込まれ、十四歳で配流[はいる]されたのだ。すでに二十六歳

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  • 第一章 龍の棲む国⑲【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     「姫様、ふざけていないで、出てきてくださいまし。こんな森の中で、隠れ遊びなど、はしたのうございますよ」  女の言葉に頼朝[よりとも]は、ああ、と合点して神社の前を通り過ぎた。  かどわかしや、行方知れずになったのなら、共に捜し出してやる必要もあろうが、あの様子では「姫様」がただふざけて隠れてしまっただけのようだ。  (邪魔にならぬよう、姿を見られぬうちに立ち去ろう)  祐親[すけちか]は、内裏[だいり]の警護の任、大番役で京にいる。地方武士が担う役目の一つで、任期は三年。祐親は今年、任務に就いたばかりなので、三年は戻らない。  父親の長期の留守中に、嫁入り前の娘と森で顔を合わせるなど、誰に見

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  • 第一章 龍の棲む国⑱【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]は、海沿いにある伊東が好きだった。都育ちの頼朝は、ここに来るまで海を知らなかった。潮風の匂いも、晴れた日の瑠璃色の縮緬[ちりめん]を広げたような水面に跳ねる光の粒も、頼朝の心を慰めてくれる。  南西を振り返ると天城山脈が迫り、四季によっても時間によっても、色とりどりに表情を変える様は見事であった。深く心に染み入る景勝だ。  気候も良く、夏が涼しく冬が暖かい。逆に、京の夏は蒸し暑く、冬は手足を凍えさせた。  今の生活を失いたくないと思えるほど、伊豆の日常に馴染[なじ]んでしまった自分がいる。それだけに、平治の乱の亡霊たちに、後ろめたさと申し訳なさを覚え、息苦しかった。  平家

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  • 第一章 龍の棲む国⑰【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]が伊豆配流になって、十二年が過ぎた。 齢[よわい]はすでに二十六。  平家はますます勢いを増し、清盛[きよもり]の娘は今上帝高倉[たかくら]天皇に入内[じゅだい]し、今年の二月に中宮となった。皇子が産まれれば、いずれはその子が即位し、清盛は帝の外祖父となる。  帝は、二条[にじょう]天皇から六条天[ろくじょう]皇、そして今上の高倉天皇へと、頼朝が京を追われてから二代かわった。だが、清盛はどの帝の御代も、上手[うま]く泳いでいく。いったん握った権力を、この乱世に十二年も揺らがず維持し続けるなど、驚異的なことだった。  あの男は頭がいいな、と頼朝は舌を巻く思いだ。政治力を比べれ

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  • 第一章 龍の棲む国⑯【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]は目をみはった。乳母・比企尼[ひきのあま]の、厳しくも優しい顔が脳裏に蘇る。  (こんな……手を差し伸べたところで何の得にもならぬ男の許[もと]に、人を遣わしてくれたというのか)  懐かしさと、変わらぬ情けに、涙が滲[にじ]みそうになる。  (懐かしい、か。思えば、あの騒乱から、三月[みつき]しか経っていないのだな)  頼朝は、眼前にひざまずく「小野田藤九郎盛長[もりなが]」と名乗る男から、比企尼の文[ふみ]を受け取った。乳母らしい心がこもった温かい文面だ。  頼朝のことをひとえに心配し、『父君や兄君たちを亡くして見知らぬ地に追われた今は、どれほ

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  • 第1章 龍の棲む国⑮【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     北条館の板敷きの広間に最後に入ってきたのは、小さな姫だった。名は教えてくれず、長女を表す「大姫[おおひめ]」とだけ名乗った。四つになるという大姫(朝日[あさひ]姫・政子[まさこ])は、頼朝[よりとも]を見るなりぽかんと口を開けて驚いた顔をした。  こんな表情をする姫は都にはいないので、頼朝は新鮮に感じた。  (可愛[かわい]い姫だ。なんでも顔に出るのだな)  型通りの挨拶[あいさつ]が終わると、大姫が身を乗り出し、話しかけてくる。  「私、鬼武者のような方を想像しておりました」  舌足らずのくせに、やけに早口だ。  人見知りが激しく、いつも兄の陰に隠れたがる妹の坊門[ぼうもん]姫とは、正反

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  • 第1章 龍の棲む国⑭【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     北条荘に着くと、まずは時政[ときまさ]の住む北条館へ案内された。湯で体を清め、時政が用意してくれた直垂[ひたたれ]に、頼朝[よりとも]は戸惑いつつ袖を通す。  直垂は元々庶民の着る服装なので、頼朝はこれまで袖を通したことがなかったが、着やすく便利なので地方の武士たちが好んで着ていると、父・義朝[よしとも]から聞いたことがある。  そういえば、三島に現れた時政らは、みな直垂姿だった。実際に着てみると、確かに動きやすい。悪くない。  この時代、貴族も武士も服装がどんどん崩れ、乱れつつある。騒乱続きのせいで、動きやすさがより注目され、格式張ることも馬鹿[ばか]らしく思われ始めているからだ。  誰

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  • 第1章 龍の棲む国⑬【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     罪人となった頼朝[よりとも]に付き従って共に遠流[おんる]の地・伊豆まで下った者は、叔父で僧の祐範[ゆうはん]が若い甥[おい]を憐[あわ]れんで付けてくれた僧兵の心安[しんあん]と、義朝[よしとも]の家人高庭介資経[たかばのすけすけつね]が付けてくれた藤七資家[とうしちすけいえ]のわずか二人であった。  都から伊豆国府のある三島までおおよそ百里。道中、今日という日を忘れるな、と頼朝は自分に言い聞かせ続けた。  何もかも失くし、ただ二人の供人[ともびと]を従えることしかできぬ自分を惨めに思うか、こんな身となっても手を差し伸べてくれる者がいることを有り難く思うか、心持ち一つできっと迎える明日は

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  • 第1章 龍の棲む国⑫【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     三月。頼朝[よりとも]は、平治の乱の勝者、平清盛[きよもり]の前に引き出された。  二人が会うのは初めてではない。朝廷行事の際に何度か顔を合わせ、挨拶[あいさつ]程度なら交わしたことがある。清盛はいつも優しげだった。  が、この日は違う。座敷の上から、地べたに座らされた頼朝を、冷ややかに見下した。清盛の横には、池禅尼[いけのぜんに]の息子・頼盛[よりもり]が座している。  頼朝はまっすぐに首を上げたが、憎しみや怒りのこもった目で親の仇を睨[にら]み返すようなことはしなかった。いや、睨み返さぬどころか目を合わせなかった。目と目が合うと、記憶に残りやすくなるからだ。清盛の印象に残らぬよう、頼朝

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  • 第1章 龍の棲む国⑪【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]は後から知るが、このとき助命嘆願に動いてくれた者は複数いた。  母の実家・熱田大宮司藤原氏は、罪人となった頼朝を見捨てなかった。主筋の上西門院[じょうさいもんいん]と後白河院[ごしらかわいん]に、助けてくれと懇願したのだ。  上西門院は、亡き母・待賢門院[たいけんもんいん]と縁の深い池禅尼[いけのぜんに]に、清盛[きよもり]への口添えを頼んだ。後白河院は、清盛へ直接、配流[はいる]に留めるよう伝えた。  頼朝を捕らえた宗清[むねきよ]は、主である平頼盛[よりもり]に、池禅尼の力を借りて何とか助けることができないかとすがり、頼盛は母である池禅尼に助命を依頼した。  池禅尼は、二

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  • 第1章 龍の棲む国⑩【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     生きたいか、死にたいか、どうであろうと宗清[むねきよ]が返答を促す。  頼朝[よりとも]は、宗清をじっと見据える。  父や兄者たちの死。清盛[きよもり]に握られた己の命。まだ生きてはいるが、続々と捕らえられつつあるという弟妹たちの行く末。壊滅しかけている一族の明日。  あらゆることが頼朝の心に爪を立て、容赦なく引き裂きにくる。胸中はかき乱され、揺さぶられ、血を噴き、果てない恐怖に包まれていたが、自分でも驚くほど穏やかに言葉が出た。  「むろん、生きとうござる」  宗清は、ほう、と言いたげに目を細めた。  保元の乱のとき、父・義朝[よしとも]は親兄弟と敵味方に分かれて戦い、勝利した。自身の輝か

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  • 第1章 龍の棲む国⑨【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     追手の刃をかわしつつ逃げる途中、頼朝[よりとも]は自分でも信じられない失態を犯した。  戦の後の逃亡に、ひとり体力が持たず、どうしても一行から遅れがちになる。恥ずかしくてたまらなかったが、十三歳の少年の体では、どれだけ心中で己を叱咤[しった]しても、思うように動かない。  雪で視界が危うい。義朝[よしとも]が何度も馬を返し、頼朝の馬を後ろから追い立て、年若い息子がはぐれぬよう気遣ってくれた。  長兄の悪源太義平[あくげんたよしひら]はチッと舌打ちをしたが、そのたびに次兄の朝長[ともなが]が、  「三郎はよくやっている。戦場で引いた弓の腕前も見事だったぞ」  などと褒めてくれた。  それにして

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  • 第1章 龍の棲む国⑧【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]の胴が嬉[うれ]しさにうち震えた。今から臨む戦いは、多勢に無勢。もし、勝てれば奇跡だろう。そんな生と死の狭間[はざま]で、父が命じたのだ。お前が源氏を継ぐのだと。  嫡妻の第一子である以上、頼朝が義朝[よしとも]の後を継ぐのは、すでに決まっていたことだ。だから、嫡男の証しの鎧を頼朝がまとうのは当たり前のことである。が、源氏の命運を懸けた出陣前に、己の立ち位置を誰の目にも明らかな形で示してくれた父に、頼朝は限りない温かさを感じた。  これまで、訳も分からず乱に巻き込まれたような印象を受けていた頼朝は、源太産衣[げんたのうぶぎぬ]を着用して以降、自身が平治の乱の当事者なのだという

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  • 第1章 龍の棲む国⑦【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     頼朝[よりとも]は、考える。なぜ、父の義朝[よしとも]は、政変に加担してしまったのか。  確かに義朝は信西[しんぜい]を憎んでいた。信西のせいで、保元の乱の際、実の父の首を自らの手で斬らねばならなかった。同じように兄弟の首も斬った。だが、だからこそ、政変に負ければどうなるか身に染みていたはずだ。 (恨みだけで決起したのではない。他に理由があるはずだ)  義朝は、政変の首謀者である藤原信頼[のぶより]と親しかった。さらに、標的となった信西からは、平家とは逆に冷遇されていた。  このまま信西の世が続けば、平家と源氏の力に、雲泥の差が生じるのは目に見えていた。 (指をくわえて見過ごすわけにはいか

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  • 第1章 龍の棲む国⑥【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     元々、後白河[ごしらかわ]天皇は、息子の守仁[もりひと]親王が即位するまでの中継ぎの天皇だった。皇位継承権を持つ父親が存命している中、それを飛び越えて守仁親王が帝位に就くのは不自然なので、形を整えるためだけに、いったん帝位に就いたにすぎない。  「あれに政[まつりごと]をさせるな。守仁親王の帝政が整うまで、美福門院[びふくもんいん]と関白が力を合わせよ」  後白河天皇がお飾りの帝に終始するよう、鳥羽[とば]法皇はわざわざ遺言した。  それゆえ、後白河天皇に実権はない。関白も高齢で力が弱まっている。実際にこの時期、国政を取り仕切ったのは、鳥羽法皇の後家の美福門院であった。美福門院から譲位を迫ら

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  • 第1章 龍の棲む国⑤【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     後白河[ごしらかわ]天皇に対抗するため、崇徳[すとく]上皇側も兵を募ったが、集まりは芳しくなかった。この時、源氏は後白河天皇側と崇徳上皇側に、一族を割って味方したが、平家のほとんどが後白河天皇側についた。  これは誰にとっても予想外の出来事だった。なぜなら、崇徳上皇の第一皇子重仁[しげひと]親王の乳母を清盛[きよもり]の義母・池禅尼[いけのぜんに]が務めていたからだ。当然、池禅尼とその息子たちは崇徳上皇側につくと思われていた。  だが、池禅尼は冷静に両方の兵力を見極め、  「此度の争いは、上皇方が負けます」  後白河天皇側につくよう示唆した。  鶴の一声である。  元々、平家の中でも、人脈が

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  • 第1章 龍の棲む国④【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     この時代、嫡妻(正妻)の長子にとって、実母の死は人生に大きく影を落とす。男親がより力のある家から後妻を娶[めと]れば、嫡子の座を奪われるからだ。  母を介して浴していた実家の影響力も、以前ほど享受できなくなることもある。  そして、腹違いの兄弟姉妹らは、場合によっては一番の敵となる。  十三歳の子供にとって、慕わしい母の死そのものが哀[かな]しく堪[こた]えるというのに、これからのことを思うと、守らねばならぬ幼い弟妹を抱え、頼朝[よりとも]は闇に放り出された心地であった。 (怖い)  夜、一人になると体が震えた。  だが、有り難いことに、父義朝[よしとも]は由良[ゆら]御前を失ってのち、その

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  • 第1章 龍の棲む国③【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     前年の平治の乱で平家に敗北した河内[かわち]源氏の棟梁・源義朝[よしとも]の三男、三郎頼朝[よりとも]は、伊豆に配流[はいる]されたとき、まだ十四歳の少年だった。  鬼の如[ごと]き荒武者どころか、成長しきれていない体はしなやかで、立ち居振る舞いは、伊豆近辺の豪族らには真似[まね]できぬほど洗練されている。母親似の端整な顔は、少し大きく、遠目にも華があり、人目を引いた。  頼朝は生粋の都育ちで、罪人になる前の身分は従五位下右兵衛権佐[じゅごいのげうひょうえごんのすけ]。わずかな間ではあったが、武士でありながら貴族に列せられていた。  これは母方の実家が大きく影響している。頼朝の母、熱田大宮

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  • 第1章 龍の棲む国②【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     乳母の明音[あかね]は盗み見など「なりませぬ」と目を吊[つ]り上げたが、朝日[あさひ]姫(後の北条政子[まさこ])は駄目だと言われてあっさり引く性質ではない。それに明音が、幼い自分の上目遣いの「お願い」に弱いことも、よく知っている。  明音の小袖を小さな手で摘まむと、精一杯[いっぱい]背伸びをし、じっと目を見上げた。  「お願い」  どこからこんな声が出るのかと自分でもあきれるほど甘い声を、朝日姫は作った。  「うっ」と明音は、言葉を詰まらせる。だが、こればかりは惑わされてはいけないと言いたげに、頭[かぶり]を振った。  「お屋形様に知られたら、私が追い出されてしまいます。姫様と離れ離れに

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  • 第1章 龍の棲む国①【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

     狩野川の水面が、春の柔らかい日差しを浴びて、光彩を放っている。その光の間を、桜の花びらが幾枚も通り過ぎていくのを、朝日[あさひ]姫はうっとりと眺めていた。  後の世に北条政子[まさこ]の名で知られ、尼将軍と呼ばれる女傑は、この年わずかに四歳の童女だった。「政子」の名は、五十八年後の建保六(一二一八)年に朝廷に対して便宜上名乗った名に過ぎない。  伊豆北条荘の在地豪族、北条四郎時政[ときまさ]の一人目の娘だから、館の者たちからは「大姫[おおひめ]」と呼ばれていた。名は朝日という。  この日、朝日姫の寝起きする北条館の大人たちはみな忙しそうだった。何か朝からざわめいて落ち着かない。だから、喧騒

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  • 3月15日から小説「頼朝 陰の如く、雷霆の如し」を連載 平日午後6時更新【あなたの静岡新聞 リリースノート】

     ふるさとメディア「あなたの静岡新聞」をご利用、ご愛読くださり、誠にありがとうございます。本サイトでは3月15日から、秋山香乃さん(沼津市)による小説「頼朝 陰の如(ごと)く、雷霆(らいてい)の如し」を連載します。平日午後6時に更新します。伊豆に流され、征夷大将軍まで駆け上がった源頼朝の波乱の生涯を、新たな切り口で描きます。挿絵は、イラストレーターの山田ケンジさん(静岡市葵区)。情感豊かに小説世界を表現します。ご期待ください。  あきやま・かの 1968年、北九州市生まれ。2002年に「歳三往きてまた」でデビュー。18年、「龍が哭(な)く 河井継之助」で野村胡堂文学賞。「氏真、寂たり」「茶々

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