上昇らせん/ねじガール6年(4)手応え感じた社長

 興津螺旋(らせん)の一室で、11月生まれの社員6人が、社長の柿沢宏一(46)とテーブルを囲んだ。誕生月を迎えた社員が集うランチ会。弁当を食べながら、順にスピーチする。互いの人柄や私生活が垣間見えるようにと、柿沢が年間共通のテーマを用意する。

ランチ会で、一人一人から話を引き出す柿沢宏一社長(中央)。互いの人柄や意外な一面がのぞき、笑いが絶えない=11月下旬、静岡市清水区の興津螺旋
ランチ会で、一人一人から話を引き出す柿沢宏一社長(中央)。互いの人柄や意外な一面がのぞき、笑いが絶えない=11月下旬、静岡市清水区の興津螺旋

 今年は「生まれ変わったら何になりたいか」。男性の1人が「恵まれた家の飼い犬になりたい」と言って、笑いを誘った。
 創業家3代目に当たる柿沢の入社は20年前。「ねじ屋に入りたくて入るやつはいないんだ」。先代社長で父の宏平(77)は、採用の話になると決まって言った。以前は役員自ら、地元の高校に頭を下げて回った。推薦された生徒は必ず採ったが、半数以上が数年以内に辞めた。
 「もっと優秀な人を採用したら」。父に進言したが、「理想を言うな」と突っぱねられた。仕事に対する価値観を社員と共有できないことが寂しく、もどかしかった。
 ランチ会を始めたのは、社長に就いた2007年。一人一人の良さを見つけたい。そんな思いからだった。
 少子化などを背景に、人材難は一層深刻になった。オペレーターに女性も採用しようと構想した矢先、12年に事務職で入社した佐野瑠美(28)が製造を志願した。
 「工場で機械を触るのは男の仕事」。佐野は根強い固定観念を覆した。憧れのものづくりを「この会社なら実現できる」と確信した女性や、「こんな職業もあったんだ」と興味を持った女性の入社が続いた。国立大の工学部や大学院の出身者もいた。
 消極的な選択でなく、望んで入社した「ねじガール」は、初めから品質の高いねじを作りたいという志に燃えた。決められた作業手順に従い、不良品が出たら原因を追究して再発を防ぐ―。柿沢が社員に求め続けてきたことが、彼女たちが手本となって現場に浸透していく。手応えを感じながら、「今までの苦労はなんだったのか」とさえ思った。
 やる気のある男性社員には刺激となり、そうでない社員には脅威となった。「要求が厳しすぎる」と言い残し、辞めていった中堅社員も少なからずいる。モチベーションの高い人材が増えるにつれて、柿沢は「本人とその家族に、もっと幸せになってもらわなければ」との思いに突き動かされた。
 12年から、1人が複数の職場を経験するジョブローテーションを本格始動。誰かが急に休んでも、フォローし合えるようになった。13年には「オーダーメードの就業体系」として、短時間勤務や休職・復職の時期を選べる仕組みを導入した。
 男女ともに働きやすい環境を整えてからは、育休後に復帰する女性社員が相次いでいる。結婚を機に海外移住しても、「帰国したらまたここに戻りたい」という元社員もいる。ランチ会では、それぞれの家庭での役割も考えながら、話を引き出すようになった。
 「社員が生き生きと、楽しそうに働く姿を見るのが一番の喜び」。一丸となって同じ方向を目指していると実感できる今、経営者としての幸せをかみしめている。(敬称略)

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