<命のたまご>働く女性と不妊治療(3) 健康女性の卵子凍結

 「『今は産めないが、いつかは産みたい』と悩む女性たちの卵が眠っています」。JR浜松駅に程近いアクトタワークリニック(浜松市中区)の培養室で、松浦俊樹院長が、高さ1メートルに満たない液体窒素入りのタンクにそっと触れながら語った。

アクトタワークリニックが健康な女性たちの卵子を凍結保存しているタンク。134個の卵子が、将来の妊娠、出産に備える=5月20日、浜松市中区
アクトタワークリニックが健康な女性たちの卵子を凍結保存しているタンク。134個の卵子が、将来の妊娠、出産に備える=5月20日、浜松市中区

 2013年の開業当初から、仕事の継続や未婚などを理由にした健康な女性の卵子を凍結保存している。その数134個。“母”である女性は30〜40代の31人だ。松浦院長はこう強調する。「不安を軽減するための選択肢の一つで、保険のようなもの。誰もが挑むべき道ではない」
 加齢による「老化」が進む前に卵子を凍結すれば、その年齢での妊娠率が期待できる。千葉県浦安市は本年度、少子化対策の一環で、保存費用の助成や順天堂大浦安病院との共同研究を始め、働く女性の関心が高まっている。
 ただ、若い年齢で凍結したからといって将来の妊娠や出産が保証されるわけではない。1回の体外受精で出産できる割合は20代でも約2割、40歳を過ぎると1割を下回るとされる。母体が高齢化すれば妊娠時の合併症や低出生体重児などのリスクも伴う。
 こうした理由から同クリニックは「採卵・凍結は40歳まで。保存は45歳まで」と条件を設けている。1回の採卵にかかる費用は20万〜30万円。卵子の数にもよるが、年間保管料は5万〜10万円という。
 高額な費用にもかかわらず、問い合わせは後を絶たない。九州や東北から飛行機や新幹線を乗り継いで訪れる女性もいる。しかし、凍結卵子を使った体外受精をクリニックに希望してきた患者はまだいない。
 都内では、卵子凍結を中断した施設もある。日本産科婦人科学会(日産婦)の専門委員会は今月、健康な女性の卵子凍結保存は「基本的に推奨しない」との方針を発表した。
 それでも松浦院長の方針は揺るがない。「将来に計り知れない不安を抱える女性たちが今ここにいる。それに応える技術もある。ならば期待に応えたい」
 静岡新聞社の調べでは、日産婦に登録する静岡県内18の生殖補助医療実施機関のうち(回答16)、健康な女性の卵子を凍結保存している病院は県西部にもう1施設あった。院長は「強い要望や特別な事情があれば行っている」と話す。同院では、3人が合計10個の卵子を凍結している。
 ほかの施設は「管理面に課題」「ルール整備が先決」などを理由に実施していなかった。将来の妊娠に備えた卵子凍結は、保管期間が10年、20年に及ぶこともあるとして「個人病院では継続管理は難しい」という声もあった。
 がん治療の現場では、放射線療法で生殖機能を失う可能性のある若い患者らのために研究が進んでいる。14年には、がん治療前に卵子を採取し12年間凍結保存していた30歳の女性の出産が公表されている。県内では今年、がん、生殖の両医療施設が連携して若年がん患者やがんを克服した人の妊娠、出産を支援するネットワークが構築された。
 ネットワークの代表世話人で、がん患者らの卵子や卵巣凍結に取り組む聖隷三方原病院(浜松市北区)生殖診療科の望月修医師は、卵巣刺激後の合併症や、凍結保護剤の卵子への影響、決して高くない成功率など卵子凍結のリスクを指摘した上でこうくぎをさす。「健康な女性が、安易に選択すべき技術ではない」

 <メモ>卵子凍結は、排卵誘発剤で卵巣を刺激し、採取した卵子をマイナス196度の液体窒素で凍らせて保存する。将来、妊娠を望む際には解凍して、体外受精させる。米国では、凍結卵子を使った受精卵を移植後に出産に至った例は約10%とする報告もある。

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