コロナ断ち切れ、活人剣脚光 袋井・可睡斎の碑

 医療で国難を救った明治中期の日本陸軍軍医総監・佐藤進(1845~1921年)をたたえて袋井市の可睡斎に建立された「活人剣(かつにんけん)碑」が、新型コロナウイルス禍の中、注目を集めている。佐藤が活人剣を「病魔を断ち切る」と語ったとの逸話がその源。碑の再建から5年。このほど営まれた法要で、関係者は佐藤に思いを寄せながら感染症の早期収束を願った。

活人剣の再建5周年を記念して行われた法要=6月中旬、袋井市久能の可睡斎
活人剣の再建5周年を記念して行われた法要=6月中旬、袋井市久能の可睡斎

 活人剣は1895年の日清戦争時のエピソードに由来する。講和条約締結のために来日した清国全権大使の李鴻章が暴漢に襲われて佐藤の治療を受けた。その際、帯刀姿の佐藤は「医者に剣が必要か」と李に問われ、「人をあやめる剣ではなく、生(活)かすための活人剣だ」と答えたと伝わる。
 活人剣は禅の教えにも登場する。佐藤の禅の師が可睡斎47代住職を務めた西有穆山(ぼくざん)だった縁で、1900年、同寺に剣をかたどった碑が設置された。剣の部分は金属製だったため、第2次世界大戦時に供出され、台座のみの年月が長く続いた。
 「風化しつつある地域の歴史を次世代に継承しよう」-。市内の文化財のPRなどに取り組む「袋井まちそだての会」の呼び掛けにより、可睡斎や、佐藤が第3代堂主を務めた順天堂大などが2011年に再建事業に着手した。当時、東京芸術大学長だった宮田亮平氏(現文化庁長官)が剣を制作し、15年9月に2代目の碑が完成した。
 同寺によると、新型コロナによる自粛期間中も地元住民らが参拝し、碑に手を合わせる姿が目立ったという。袋井まちそだての会は今後、活人剣の県内外へのさらなる発信に取り組むという。会長を務める元県教育長の遠藤亮平さん(72)は「新型コロナの収束を願って多くの人が碑に祈ってくれたことをうれしく思う。袋井の大事な文化財をより多くの人に知ってほしい」と話している。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞