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静岡・三保の戦争遺産「足元を顧みて」 特攻艇「震洋」艇庫人知れず撤去、文化財化望む声も【戦後75年】

(2020/7/30 11:45)
震洋の特攻兵が出撃を待った「待機壕」の前で“戦争遺産”としての保護を求める渡辺康弘さん=7月中旬、静岡市清水区
震洋の特攻兵が出撃を待った「待機壕」の前で“戦争遺産”としての保護を求める渡辺康弘さん=7月中旬、静岡市清水区

 清水艦砲射撃と前後し、太平洋戦争末期の三保や日本平(静岡市清水区)では本土決戦に備えモーターボート型特攻艇「震洋」の配備や、敵艦を湾内で迎え撃つ砲台、地下壕(ごう)などの構築が進められた。実戦で使われることはなかったが“戦争遺産”として現存する。ただ、戦後75年で取り壊しも進み、文化財として保護するよう求める声も聞かれる。
 元静岡市職員で郷土史研究家の渡辺康弘さん(66)=清水区=の調査によると、三保には鉄筋コンクリート製の壕が少なくとも8基残る。終戦間際で、飛行機がなかった清水海軍航空隊の甲種飛行予科練習生が建造に従事した。当初は15基ほどがあったとみられる。
 少年兵として浜からバラス用の砂利を運んだという横山健治さん(91)=清水区=によると、現存する8基のうち小型の2基は特攻兵が出撃を待った「待機壕」、大型の1基に本部が置かれた。残りの5基は震洋の艇庫「掩体壕(えんたいごう)」とみられる。
 民地の壕は倉庫に使われるなど生活に溶け込んできた。ただ、国有地にあった掩体壕はごみ置き場になっているなどの状況から「地元からの要望」として、2基が1999年度に、1基が2015年度に取り壊された。財務省静岡財務事務所管財課の担当者は「重要な遺産だが、当時の清水市や静岡市と協議し撤去した」という。
 渡辺さんは現存する8基について「文化財にするなど、守る方法を考えてほしい」と望む。横山さんは「せめて1基だけでも」と2013年、静岡平和資料館をつくる会とともに、三保マリーナにある自ら作った掩体壕に説明板を取り付けた。
 同会の土居和江事務局長(74)は「戦争を知る手掛かりがいつの間にか失われてしまう。あまり知られていない遺産だからこそ足元を顧みる必要があるのでは」と話す。

 <メモ>横山健治さんの話では、三保に配備された特攻艇「震洋」は5艇。トヨタ自動車製のエンジンが取り付けられ愛知県豊橋市で組み立てて各地に配られたという。文化庁によると、壕(ごう)などは個人所有であっても所有者の同意があれば文化財指定できる。鹿児島県鹿屋市がゼロ戦を格納したとされる掩体壕を所有者から買い取り文化財に指定したケースなどもある。松山市は、市民から市議会への請願や所有者からの寄付を受け、2018年に松山海軍航空基地の歴史を伝える掩体壕を有形文化財に指定した。一方で、近年各地で取り壊しの動きも進み、保護を巡る対応の在り方が問われる。

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