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旧沼津疎開学園、存廃の岐路 収蔵庫の務め終え、老朽化

(2019/8/13 17:01)
太平洋戦争末期に旧赤坂区の児童が生活した旧沼津戦時疎開学園=8日、沼津市
太平洋戦争末期に旧赤坂区の児童が生活した旧沼津戦時疎開学園=8日、沼津市
旧都立沼津戦時疎開学園
旧都立沼津戦時疎開学園

 太平洋戦争末期に東京都旧赤坂区(現港区)の子どもが多数疎開した沼津市我入道の「旧都立沼津戦時疎開学園」が、転機を迎えている。首都圏からの集団疎開の実相を今に伝える戦争遺跡だが、これまで担ってきた市の文化財収蔵庫としての役割が2019年度で終わる。20年度の活用法は定まっておらず、耐震上の問題から取り壊される可能性も出てきた。
 建物は1936年、旧赤坂区の養護施設として造られた。米軍の空襲に備えて44年5月から「東京都立沼津戦時疎開学園」として国民学校の3~6年生約120人を受け入れた。戦後は空襲で家を失った児童のための「戦災児学園」として運営された。市内の戦争遺跡を調べる市明治史料館の木口亮学芸員は「地元の手厚い援助があり、食事や生活環境は、当時の疎開先としてはかなり恵まれていた」と話す。
 疎開していた子どもたちは戦後、折に触れて沼津市内で同窓会を開いた。だが参加者の高齢化が進み、2015年以降は開かれていないという。
 疎開児の一人だった沢村祥三郎さん(84)=神奈川県=は「人に会うためでなく、学園を見るために足を運んでいた」と振り返る。「懐かしさと苦労が同時によみがえるが、よくここまでもってくれたという思いが強い」と間近に迫る“引退”にも理解を示す。
 市は2月、新文化財センター(旧静浦西小)の開館を機に、収蔵庫に収容していた遺跡発掘資料など約7500箱を同センターに移した。残った資機材も本年度中に撤去する。市教委文化振興課の担当者は「老朽化が著しく、耐震基準も満たしていないため、跡地利用は決まっていない」としている。

 ■「なくなると寂しい」 ラブライブ!の「聖地」
 旧沼津戦時疎開学園は、同市が舞台の人気アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の「聖地」でもある。ファンも建物の行く末に関心を寄せる。
 1月公開の劇場版では、主人公たちの活動拠点として描かれた。今もファンが連日撮影に訪れる。フリーター(21)=東京都小平市=は「作品にとって大事な場所。なくなってしまうとしたら寂しい」と話す。会社員(22)=富士市=は「費用を考えると全体の保存は難しいだろうが、一部資産を使って歴史的な背景を語り継げないか」と提案する。
 市内の沼津あげつち商店街振興組合の峯知美副理事は「作品を通じて、地元の人間も認知していない歴史を知る機会を得た」と感謝し、「小さくても構わないので、形を残してほしい」と希望する。

 <メモ>都立沼津戦時疎開学園 1936年、旧赤坂区青南小学校の校舎改築による廃材で建設された。平屋建て2棟、2階建て1棟の構成で、当初は虚弱児童のための養護学園として使われた。44年5月から「沼津戦時疎開学園」として疎開児童の受け入れを開始。全6室に約120人を収容した。戦後は戦災児学園、養護学園として活用され、79年に沼津市に売却された。

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