鈴木款先生の夏休み教養講座 4時限目「科学的調査」

 駿河湾のサクラエビ不漁の原因を決定付ける証拠(Smoking Gun)は現在でも得られていない。状況証拠からはサクラエビの不漁の原因は温暖化による海洋構造の変化が主で、富士川河口域に流れ込んでいる泥(濁り)が相乗作用している可能性がある。直接サクラエビに濁りが影響するというのは考え難いが、泥がサクラエビを覆い尽くせば呼吸困難や餌が食べられなくなるという見方もある。ただ、それを実証するのは困難だ。明確な原因を知るには、どのような調査や解析が必要なのか。

駿河湾で今後継続的に行うべき鉛値分布調査
駿河湾で今後継続的に行うべき鉛値分布調査

 いくつかの段階がある。
 (1)駿河湾の海洋環境が温暖化により変化しているかどうかを明らかにすること。駿河湾の海洋環境の状況(水温、塩分、光量、溶存酸素など)を把握し、過去の調査結果と比較することが第一に必要だ。この調査を季節ごとに、富士川河口域を含む駿河湾の主要な海域で行い、海水温や光量は年々上昇しているのか、それともイベント的に変化しているだけなのかを明らかにする。
 (2)生物群集と化学成分の調査。植物プランクトンの量・種組成・サイズと栄養塩・クロロフィルの鉛直分布の調査が必要だ。栄養塩や水温により植物プランクトンの種やサイズに変化が出ているか、また、それが動物プランクトンやサクラエビの餌として最適かどうかが判断できる。
 (3)富士川河口域の濁りの影響を知ること。濁りの調査は、どれだけ水平と鉛直方向に拡散しているか、また、その拡散の時間スケールを知ることが必要だ。濁りの程度を定量的に把握するためには浮遊懸濁物(SS)を指標とする。ベストな調査は2~20マイクロメートルと20マイクロメートル以上の異なる二つのメッシュサイズを重ねて用いて、SSを測ることだ。これで長く浮遊している可能性がある粒子と沈降する粒子の量を推定できる。
 (4)次にこれらの調査結果から、サクラエビとプランクトンの関連を明らかにすることが必要である。富士川河口域を起点とした駿河湾内の沖合まで数点で毎月、サクラエビの体長と量の調査が必要だ。
 これらは地味で根気の要る調査であるが、サクラエビの不漁の原因をかなり明確にできる可能性がある。調査研究による科学的データの蓄積と解析は、憶測や思い込みによる判断を、より科学的な思考と結論へ導くことが可能になると考えられる。これを避けてはサクラエビなど駿河湾の水産資源の将来の豊かさは見えてこない。海と向き合い生活することは、海の発するメッセージを科学的に知り、考えることである。そのためには、研究者、市民、行政、漁協関係者などが連携・協働することが必要だ。
 私と三菱商事は協働作業を進める一つの方法として「市民科学」を「国際サンゴ礁研究プロジェクト」の場で推進中だ。研究者と市民とNGOの協働プラットホームを創設し、研究、フィールド調査、実験やデータの解析に市民ボランティアが参加、自らデータの意味を考える。同社は16年以上このプロジェクトを支援し、その研究支援金で今まで日本で500人以上、豪州と英国でも300人以上が市民科学を実践した。
 駿河湾でもこの市民科学という活動を定着させ、採取したデータなどを広く一般の人々の間で生かすことこそが、不透明で、予測がつきにくい温暖化時代に立ち向かう力の源泉であると訴えたい。

 すずき・よしみ 静岡大創造科学技術大学院特任教授。71歳、浜松市出身。日本サンゴ礁学会前会長。国際サンゴ礁学会評議員を歴任。三菱商事のCSR活動に関わる。海洋立国内閣総理大臣賞など受賞多数。

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