「国策」と富士川(5)雨畑ダムとリニア 土砂抱える最少の町

 サクラエビ不漁を契機に、戦時期の国策で作られ駿河湾に濁水を流し続けるアルミ加工大手日本軽金属の発電用導水管などが問題となる富士川。河口から約50キロ上流の山梨県早川町内では、新たな国策と言えるリニア中央新幹線の工事が進んでいる。富士川支流の早川沿いに残土が積み上がる一方、同社が管理する雨畑ダム(同町雨畑)から撤去を表明した東京ドーム約5杯分の土砂は搬出先が見通せず、人口千人の日本一少ない町は約1千万立方メートルの膨大な土砂を“抱え込んで”いる。

山梨県早川町塩島地区のリニア発生土置き場。大部分は仮置き。県道を挟んで手前の白い屋根は町立早川北小=7月下旬(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
山梨県早川町塩島地区のリニア発生土置き場。大部分は仮置き。県道を挟んで手前の白い屋根は町立早川北小=7月下旬(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
残土置き場の周辺を往来する「中央新幹線」の標識を掲げたダンプカー。橋の幅員が狭く、交互に通行していた=7月下旬、山梨県早川町
残土置き場の周辺を往来する「中央新幹線」の標識を掲げたダンプカー。橋の幅員が狭く、交互に通行していた=7月下旬、山梨県早川町
山梨県早川町塩島地区のリニア発生土置き場。大部分は仮置き。県道を挟んで手前の白い屋根は町立早川北小=7月下旬(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
残土置き場の周辺を往来する「中央新幹線」の標識を掲げたダンプカー。橋の幅員が狭く、交互に通行していた=7月下旬、山梨県早川町

 同町は総面積369平方キロメートルの96%が森林で川沿いを中心に601戸、1017人(7月1日現在)が暮らす。最新の昨年1月時点の住民基本台帳に基づく人口は、町として全国で最も少ない。全国町村会などによると、10期目の辻一幸町長(79)は全国の現職首長で最多の当選回数だ。
 山梨県リニア推進課によると、南アルプストンネル山梨工区と第四南巨摩トンネルの掘削で早川町に運ばれる予定の発生土は約330万立方メートル。JR東海は早川町内に1カ所の発生土置き場と8カ所の仮置き場を設け、ほぼ全てで搬入が始まっている。県はJRが一部費用負担し建設する「早川芦安連絡道路」の盛り土に約120万立方メートルを使う。
 一方、堆砂率9割を超え集落に水害を引き起こしている雨畑ダムは、国の行政指導を受けた日軽金が昨年末、約5年掛けて堆積土砂の4割、東京ドーム約5杯分の600万~700万立方メートルを撤去すると発表。リニア工事の発生土と合わせると約1千万立方メートルに上る。町振興課の担当者は「町内にはダムの土砂を置ける場所がない。とはいえ、ダム上流では水害が発生しこのままでは困る。町外搬出も含めて、日軽金の対応を見守るしかない」と困惑する。
 町の本年度一般会計当初予算27億6800万円のうち、約6億9千万円が諸収入。町によると、そのほぼ全てがリニア発生土受け入れ費、道路改良工事に伴う事業収入としてJR東海から支払われた。
 リニア以外にも多くの公共土木工事などが行われ、唯一の幹線道路の県道は1日数百台が砂ぼこりを巻き上げて往来する“ダンプ街道”だ。早川でラフティングツアーを行う本流堂の大窪毅代表(44)は河川環境について「ダンプや残土の影響が何もないはずない。いま影響が見えないからといって何も言わない空気が気持ち悪い」。その上で「残土置き場はもっと増えるだろう。豪雨で残土がえぐられ、川に流出する事態が起こらないか不安だ」と明かす。
 独自に早川町内の自然調査を行う、シカの研究者で町営自然体験施設ヘルシー美里所長の大西信正さん(55)は「JRは『工事が終わればおしまい』とせず住民が求める情報を公開し、残土が“負の遺産”とならないよう50年先を考えて対応してほしい」と求める。
 今年10月には早川町長選が予定され、現職の辻氏は11選を目指して出馬表明している。(「サクラエビ異変」取材班)

 <メモ>早川町は山梨県南西部に位置しエコパークに登録された南アルプスの山々に囲まれる。古くから水力発電の開発が行われ、戦後のピーク時には工事関係者の流入で一時的に人口1万人を超えた(1960年)。ただ、山梨県健康長寿推進課によると、現在では約千人まで落ち込んだ同町の人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は47・1%で県内で最も高い(今年4月現在)。日軽金のダムがある雨畑地区は最高級の雨畑硯(すずり)で名高く、松本清張の推理小説『考える葉』にも登場する。孝謙天皇(奈良王)の伝説が残る奈良田地区はかつて焼き畑農業が行われ、方言や民謡、伝統行事など“民俗の宝庫”とも称される。

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