ダム撤去、本来の清流へ 熊本・荒瀬ダム跡、球磨川ルポ

 富士川や最上川(山形県)と並び、日本三大急流と称される熊本県の球磨川。2018年3月、本格的コンクリートダムとして全国初となった県営荒瀬ダム(八代市坂本町)の完全撤去が完了し、球磨川は本来の流れを取り戻しつつある。ダム撤去は地域に何をもたらしたのか-。7月下旬、流域のダム問題に長年携わる自然観察会熊本県連絡会会長のつる詳子さん(70)=同市=らを現地取材し、雨畑ダム(山梨県早川町)の堆砂や、駿河湾サクラエビ不漁問題を考えるヒントを追った。

荒瀬ダムの取水口跡を指さす、つる詳子さん。撤去により、球磨川は本来の流れを取り戻しつつある=7月20日、熊本県八代市坂本町
荒瀬ダムの取水口跡を指さす、つる詳子さん。撤去により、球磨川は本来の流れを取り戻しつつある=7月20日、熊本県八代市坂本町
球磨川支流の漆川内川。本流から水が流れ込み、頻繁に浸水する地域の一つで、道路や住宅(右)はかさ上げされている=7月20日、熊本県芦北町
球磨川支流の漆川内川。本流から水が流れ込み、頻繁に浸水する地域の一つで、道路や住宅(右)はかさ上げされている=7月20日、熊本県芦北町
荒瀬ダム跡と瀬戸石ダムの位置関係
荒瀬ダム跡と瀬戸石ダムの位置関係
荒瀬ダムの取水口跡を指さす、つる詳子さん。撤去により、球磨川は本来の流れを取り戻しつつある=7月20日、熊本県八代市坂本町
球磨川支流の漆川内川。本流から水が流れ込み、頻繁に浸水する地域の一つで、道路や住宅(右)はかさ上げされている=7月20日、熊本県芦北町
荒瀬ダム跡と瀬戸石ダムの位置関係

 「これが発電所に導水するための取水口です」。つるさんが指さした。河口から約20キロ地点。合併前の旧坂本村。荒瀬ダムの撤去跡は、事業を後世に伝えようと堤体の一部が残され、静かに時を刻んでいる。

 ■県民の電力
 坂本村史によると、1932(昭和7)年の尋常高等小学校郷土読本は記す。「本村より球磨川を奪へば後にも残らずと云ふも過言にあらず」。球磨川は歴史上、漁業の中心、舟運の大動脈だった。
 戦後の電力事情逼迫(ひっぱく)期。「県民による県民のための県民の電力」(村史)を目的とした総合開発計画の一環として建設された荒瀬ダム。半世紀以上にわたり電力供給を支えた一方、経過とともに堆砂で河床の上がったダム湖周辺ではたびたび洪水が発生。振動被害のほか、堆積したヘドロが悪臭を放つなど環境悪化も叫ばれてきた。

 ■リスク低減
 「清流を取り戻すことはもちろん、住民が荒瀬ダム撤去を望んだ最大の理由は水害」とつるさん。過去の洪水で浸水被害が繰り返されきた荒瀬ダムや、現在も上流で稼働する瀬戸石ダム周辺を車で走ると、段階的にかさ上げされた道路や住宅がしばしば。水害の歴史を感じさせる。
 瀬戸石ダムからの濁りもあり、荒瀬ダムの撤去だけでは「満額回答」とはいかないものの、荒瀬ダムが引き起こす濁水長期化現象はほぼ解消。旧ダム湖沿いの水位の上昇は抑制され、水害リスクも低減。2018年の西日本豪雨の際も水が満水線を越えて上昇することはなかったという。

 ■見届けたい
 ダムがない時代は豊かな自然環境があり、喉が渇いたらそのまま飲めたという球磨川の水。「瀬戸石ダムがある限りかつての水質には及ばないものの、荒瀬ダムによる濁りが除かれ、球磨川の透明度が増したことは間違いない」。こう語るのは、リバーガイドの溝口隼平さん(38)=八代市坂本町=。大学の研究員として全国のダム撤去問題を調査し、荒瀬ダム撤去決定後の10年11月、川の変化を見届けようと愛知県から家族で移住した。

 ■生き物戻る
 球磨川の“回復力”は多くの人を驚かせている。つるさんによると、完全撤去に先立つゲート全開後、快適な水環境にすむカワゲラやトビゲラ、カゲロウの仲間など水生昆虫が増加。瀬戸石ダムや下流の堰(せき)の存在もあり、川と海を行き来するアユの回復こそ限定的というが、瀬が形成され、釣り人増加で活気が戻っている。
 球磨川河口の八代海でもアマモの藻場やクマエビなどのエビ類、小魚、ウナギやアナジャコの増加といった変化に代表される環境改善が見られるという。

 ■動きだす人
 最大の効果は地域活性化だ。土山大典さん(37)は荒瀬ダムの完全撤去を前に、ダム上流の球磨川沿いで曽祖父が創業し、約10年間休業状態だった木造3階建ての老舗温泉旅館「鶴之湯旅館」を守ろうと営業を再開した。
 坂本町ではダム撤去後、住民主体による飲食店、ウオーキングやトレイルランニングのイベント、児童画展など新たな試みも増えてきた。「人が動きだしたことで地域の活力は確実に増している」とつるさん。
 「戦後」という時代を背景に日本社会の繁栄を支えながら、地域から真の豊かさを奪い、世代を超えて重い代償を負わせかねないダム。“荒瀬撤去”は全国に新たな可能性を投げ掛ける。

 <メモ>熊本県営荒瀬ダム 堤高25メートル、堤頂長210.8メートル、総貯水容量1014万立方メートルの発電専用コンクリートダム。1955年竣工。約600メートルのトンネルで下流の藤本発電所に導水し約16メートルの落差を利用して発電。建設当時、一般家庭約2万世帯分の年間消費電力量を賄い、発電量は県内需要の約16%を占めたが、撤去前は1%以下。球磨川に計画された川辺川ダム反対運動の高まりを背景に曲折を経て、2010年2月、蒲島郁夫知事が最終的に撤去を表明。12年から6段階の工程を経て18年3月に撤去完了。総事業費約84億円。

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