テーマ : サクラエビ異変

海の宝石と共に(5)家庭料理が稼ぎ頭 「かき揚げ」今や全国区

 サクラエビのかき揚げといえばサクラエビ料理の代名詞だ。数々のCMに登場し、「静岡発のごちそう」として知られ、今や地元を潤す稼ぎ頭。だが、長らく家庭料理にすぎなかった。

ひまわり油にたねを落とし、菜箸で穴を開けながらかき揚げを仕上げていく=5月下旬、静岡市清水区の井筒屋
ひまわり油にたねを落とし、菜箸で穴を開けながらかき揚げを仕上げていく=5月下旬、静岡市清水区の井筒屋
サクラエビのかき揚げ。今や地元を支える存在だ
サクラエビのかき揚げ。今や地元を支える存在だ
かき揚げの作り方
かき揚げの作り方
ひまわり油にたねを落とし、菜箸で穴を開けながらかき揚げを仕上げていく=5月下旬、静岡市清水区の井筒屋
サクラエビのかき揚げ。今や地元を支える存在だ
かき揚げの作り方

  旧由比町史には、1937(昭和12)年、天ぷら組合設立とある。戦時中の中断を経て60(昭和35)年頃まで活動したとあるが、かき揚げを指すかは定かでない。
  ただ、高齢の漁師や生まれ育った女性の話では、家庭では既に食文化として定着していたようだ。サクラエビが水揚げされる焼津市内に実家があり、由比へ嫁いだ望月のぶ江さん(70)は幼少期、料理好きの母が「サクラエビが一番偉いの」とつぶやきながら、“海の宝”を大切にボウルに入れていた姿が記憶にある。
  エビの水分を見極めて小麦粉と水の割合を調節。そっと油に落とすと、菜箸で真ん中に三つ穴を開け、サクサクに仕上げた。母が調理する逸品は「私にとって一番のごちそうだった」(のぶ江さん)。卵が貴重だった時代の名残か、小麦粉だけで揚げた方が「サクサクになる」として、今でも卵を使わずに揚げる家庭が結構あるという。
  一方で、16(大正5)年に由比で創業したサクラエビ料理の井筒屋=静岡市清水区=の3代目店主朝日璋さん(78)は「楽しみではない母の手料理だった」と明かす。店では客の大半が地元住民だったためメニューに入れてこなかった。3代目として調理場を仕切るようになっても、遠方の客を連れてきた知人に頼まれた時のみの「裏メニュー」だった。80代漁師が言う。「当たり前のように食べられたから」。珍しさがなかったためだ。
  一躍、全国区になったのは80年代。地域おこしの機運が高まり「地元の味を発信したい」と商工会から打診を受け、井筒屋など料理旅館組合の10余りの飲食店が一斉にメニュー化した。
  これが受けた。手軽に食べられ、サクサクとした食感が幅広い世代に人気となった。かき揚げを含むサクラエビ尽くしの定食もこの時期に誕生。昼番組で全国放送されるなどサクラエビの認知度向上に比例し、遠方から客がかき揚げを求めて押し寄せた。朝日さんは「僕たち自身が驚いた。まさに宝物。よその人たちに教えてもらった」と笑う。   (「サクラエビ異変」取材班)

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