母なる富士川(5・完)秋漁不漁 高い海水温、成長に影響と見解
「蝦(エビ)の成長を支配してゐ(い)る條(条)件、言ひ換えれば蝦が大きくなるには何が必要かと云(い)ふと、第一は勿論(もちろん)食物であります。第二は水温であります」―
サクラエビ研究の第一人者で生物学者の中沢毅一(1883~1940年)が論文「櫻蝦(サクラエビ)調査第二回報告」の中でサクラエビの成長にとって2番目に大切な条件として挙げた水温。中沢同様、中央部を富士川が注ぐ駿河湾奥部の海水温に着目している研究者がいる。静岡大創造科学技術大学院の鈴木款(よしみ)特任教授(71)=海洋生物地球化学、前日本サンゴ礁学会長=だ。
湾奥は産卵場やふ化した幼生が泳げるようになった後に集まってくる場所として知られている。2018年の駿河湾のサクラエビ秋漁は魚影が薄く、体長が小さすぎたため漁師たちは漁場に網を入れることすらできないまま漁期を終えた。
鈴木特任教授は5日までの取材に対し、今回秋漁の史上初の惨状について、「18年の駿河湾奥部の海面水温は夏場に高すぎた上に9月中旬までほとんど下がらなかった。海の中で対流があまり起きず、植物プランクトンの成長に欠かせない栄養塩の海底からの噴き上げが十分にはなかったのではないか」と指摘した。
その上で、「このため幼生の餌となる植物プランクトンが十分生育・増殖できず、サクラエビの成長不良を招いた可能性がある」との見解を示した。
また、鈴木特任教授によると、サクラエビの生育に最適な水温は17~25度のため、18年の夏から秋にかけては深海性のサクラエビにとってそもそも産卵や成長には適さなかった可能性もあるという。
県水産技術研究所(焼津市)の「漁海況月報」によると、内浦湾(沼津市)の月平均海面水温は、18年7~9月は過去5年間で最も高かったことが分かる。また、通常なら海水温が下がっていくはずの9月中旬にも25・7度を記録した。
海の環境変化は地元住民たちも感じている。重寺港(同市内浦重寺)が母港の釣り船「弘昭丸」の船長後藤英樹さん(51)は「普段なら11月初めまでしか釣れないイサキが年を越しても釣れている一方、11月下旬から釣れ出すはずのヤリイカは暮れに初めて顔を見た。名前を知らないカラフルな魚も釣れる」と困惑する。
これまで県との共同研究も多くしてきた鈴木特任教授。だが、サクラエビの不漁同様に、心配は駿河湾における県の観測態勢にも向かう。鈴木特任教授のこうした仮説を十分に証明できるような栄養塩や植物プランクトンデータなどを県は持ち合わせていないのが実情だという。
「今回のような新しい『異変』が起きたときにどう対処し、漁業者や県民をいかに導くか。県には科学的な戦略こそ今必要になっているのでは」と訴える。
(「サクラエビ異変」取材班)