水利調整「互譲の精神」 限りある資源、今も苦心【大井川とリニア 第5章 渇水から考える①】

 記録的な少雨が続き、1月15日から取水制限が始まった大井川。幾度も渇水に見舞われてきた流域住民は雨の少ない時期こそ大井川の水を必要としてきた。その水源を貫くリニア中央新幹線のトンネル工事で懸念される流量減少が深刻な少雨と重なった時、水利用にどれだけ大きな影響が及ぶのか。水問題に厳しい視線を注ぐ流域の思いを聴くとともに、渇水時に工事が何をもたらすのかを探った。

少雨により貯水率が低下している井川ダム=30日午前、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
少雨により貯水率が低下している井川ダム=30日午前、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
大井川の主なダム、取水制限に関係する市町、各用水
大井川の主なダム、取水制限に関係する市町、各用水
少雨により貯水率が低下している井川ダム=30日午前、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
大井川の主なダム、取水制限に関係する市町、各用水


 大井川の水を農業用水として水路に取り込む赤松分水工(島田市)。15日午前9時の取水制限開始を前に、管理する大井川土地改良区の担当者が改良区事務所の監視制御室と連絡を取りながら水門を数センチ閉め、取水量を減らした。他の土地改良区も各地にある水門を調整し、農家に取水制限開始を知らせた。農業・工業用水の節水率は現段階で10%。
 中部電力は下流での水の使用に合わせて水力発電量を抑え、特種東海製紙も赤松発電所(島田市)での発電を停止した。発電の絞り込みは企業にとって損失だが、痛みを分け合いながら限りある水資源を使っている。中電の担当者は「利水者は運命共同体だ」と企業姿勢を説明する。
 「渇水時には利水者が互譲の精神で協力し合っている」。大井川土地改良区の安原正明事務局長も強調する。
 大井川では近年、取水制限が繰り返され、利水者同士の調整や工夫で渇水の影響を最小限にとどめている。ただ、水利の調整には限界もある。
 施設栽培、露地栽培が盛んな右岸の掛川市南部では、冬の渇水期でも一定量の水が必要だ。畑でニンジンを栽培する福田剛広さん(42)は畝に設置した配水管から1、2時間に1回、水やりをしている。海岸に近い砂地で保水力が乏しく、「成長期の冬は水が欠かせない」という。
 「取水制限をしなければならない状況はすでに緊急事態」と神経をとがらせるのは、イチゴ農家の水野薫さん(76)。調整池の水で一時的にしのぐのは可能だが、渇水が長期化すれば「生産規模を縮小せざるを得ない農家も出てくる」と嘆く。
 東遠地域の工場では工業用水を高価な水道水に一部切り替え、経済的負担が増す企業が出ている。節水率が引き上げられれば、上水道は左岸で地下水の割合を増やし、地下水が乏しい右岸に表流水を優先供給する。人々は互いに身を削り、知恵と工夫で渇水を乗り切ってきた。
 こうした現状を知ってか知らずか、水問題を議論する国土交通省専門家会議の福岡捷二座長(中央大教授)は昨年7月、「利水関係者が譲り合い、水を利用するルールがある」ことを理由に、工事による下流への影響は軽微だと発言。流域の猛反発を招いた。
 大井川右岸土地改良区の浅羽睦巳事務局長は「現状の調整でも苦労しているのに(工事で水が減れば)さらに調整が大変になる。(座長の)発言は筋違い」と困惑する。流域でなく東京で議論が進む国交省専門家会議。節水に苦心する利水者の実情はどれだけ伝わっているだろうか。

 <メモ>取水制限 利水者が節水率を決めて取水量を減らす。今回は、昨年11月からの少雨の影響により、上流のダムの貯水率が平年より低いため、15日から上水道5%、農工業用水10%の第1段階の取水制限を始めた。近年では、2018年12月から19年5月にかけて制限の期間が147日間にも及んだ。1994年度や2005年度に、節水率が40%を超えたこともある。

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