前のめりの小委員会、環境面の議論深まらず【大井川とリニア 第3章 “国策”の舞台裏③】

 国土交通省交通政策審議会中央新幹線小委員会で、リニア中央新幹線の事業主体やルートの審議が始まった2010年3月3日。冒頭、委員長の家田仁(現政策研究大学院大教授)は東海道新幹線を引き合いに「世界に高速鉄道ブームを生んだ国の決断を、世界中の人が着目するだろう」と見えを切った。

リニア中央新幹線の3ルート
リニア中央新幹線の3ルート

 1970年の大阪万博で「夢の超特急」としてリニアモーターカー構想が発信されて40年。超電導リニアは今や手が届く技術になる-。小委員会は11年5月まで約1年2カ月の間に20回の審議を重ねた。JR東海などが行った事前調査を踏まえ、三つのルート案と二つの走行方式が委員に示された。
 「これで進めさせていただくしか道はない」。第3回会合に出席したJR東海の社長山田佳臣は、トンネルの難工事が予想されるものの最短距離の南アルプスルート、そして最も高速なリニア方式の採用を強く訴えた。常務金子慎(現社長)も、経済効果や経営健全性のためにはこの組み合わせが「全ての面で優れている」と強調した。
 JRに対し、委員からは需要予測や災害対策、財務リスク、工事の進め方など質問は多岐にわたった。ただ、後に静岡工区で問題になる水資源や生態系への影響を尋ねる質問はなかった。続く第4回会合に出席した静岡県知事川勝平太も、東海道新幹線の静岡空港新駅設置などを要望し、環境問題には言及しなかった。
 環境分野の有識者として委員を務めた中村太士(北海道大大学院教授)は自戒を込めて振り返る。「今思えば、小委員会で十分に議論できなかった。つけが回ってきた」
 各ルートの環境調査を取り上げた第9回会合。ルートは南アルプスを北に迂回(うかい)する「伊那谷ルート」と、南アルプスルートの二つに絞られていた。提出された調査概要は25キロ四方ごとの大まかなデータのみ。中村は「自然環境的にどちらがいいという議論は無理」と主張した。家田は「どちらが確定的にだめということにはならない判断か」と引き取り、中村も同調した。
 このやりとりによって、両ルートとも「問題ない」との認識が広がり、環境面の審議が掘り下げられなかった可能性がある。
 当時、日本はリーマン・ショックを受けて経済再生の針路を見失っていた。小委員会の議論の背景には、夢の技術の実現による「技術立国の復活」という期待が見え隠れする。
 南アルプストンネルの議論では、当時の鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事が「水が出ても、対処する技術が相当進んでいる」と発言。地下水への影響は国交省担当者が「環境影響評価で100%予想できないことは事実。これまですべて補償で対応している」と回答した。
 小委員会はJRの主張をほぼそのまま認める結論を出した。
 =敬称略、肩書は当時

 ■審議中、パブコメ3回
 国土交通省は交通政策審議会小委員会で中央新幹線の審議がなされた期間に、パブリックコメントを2010年7月と12月、11年4月の計3回実施した。
 793件の意見が寄せられた初回は、南アルプスルートを支持する意見が463件と大勢を占めた。計画そのものに反対する意見は12件だった。第2回は996件のうち反対意見は142件。東日本大震災後に実施した第3回は888件中、反対が648件に上った。整備費用やエネルギー供給への不安が理由に挙がった。

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