官邸主導で財投決定 安倍前首相「すぐやろう」【大井川とリニア 第3章 “国策”の舞台裏①】

 リニア中央新幹線は総工費9兆3千億円と試算される空前の規模の民間事業だ。国の国土形成計画は、リニア開業を核として東京から大阪までが一つの巨大な都市圏として機能し、国際競争力を高める「スーパー・メガリージョン」構想を描く。国民生活や経済環境を変える巨大なインパクトが予想される一方、重要な意思決定の場面で国民が抱く懸念に十分な配慮があったのか疑問が残る。政策やルート決定の過程を追い、国策の色合いを帯びたリニア計画の舞台裏を検証する。

就任間もないトランプ米大統領(右)と握手する安倍晋三前首相。首脳会談でリニアを「大統領の成長戦略に貢献できる」と売り込んだ=2017年2月10日、ワシントンのホワイトハウス(共同)
就任間もないトランプ米大統領(右)と握手する安倍晋三前首相。首脳会談でリニアを「大統領の成長戦略に貢献できる」と売り込んだ=2017年2月10日、ワシントンのホワイトハウス(共同)

 「これはいいね。すぐやろう」
 2016年3月10日、首相官邸の執務室。首相安倍晋三は内閣官房参与藤井聡(現京都大大学院教授)の提案に身を乗り出した。ゼロ金利の環境を生かし「公共投資を強化すべきだ」と訴えた藤井。対象にリニア中央新幹線の大阪延伸の前倒しを挙げた瞬間、安倍は即断した。その場で電話を取り、関係者に指示を始めた。
 安倍は3カ月後の6月1日、消費税の再増税延期を表明した記者会見で、リニア計画への財政投融資(財投)活用の方針を表明。「全国を一つの経済圏に統合する『地方創生回廊』をつくり上げる」とぶち上げた。
 7月の参院選で自民党は勝利し、11月にはリニア建設促進に総額3兆円に上る財投の低利融資を充てる改正法が成立した。最初の提案からわずか9カ月。藤井は述懐する。「官邸主導で全て進んだ」
 リニアに白羽の矢が立ったのは、アベノミクスの象徴になる投資先を探していた政府、選挙公約の目玉が欲しい自民党、リニアの大阪までの早期開業を強く主張していた関西政財界と「いろいろな条件がそろった」(国土交通省幹部)結果でもあった。
 安倍は17年2月、ホワイトハウスで会談した就任間もない米大統領トランプに、リニアを売り込んだ。「日本は新幹線やリニア技術など高い技術力で大統領の成長戦略に貢献できる。米国に新しい雇用を生み出すことができる」。リニアは“国策”の色合いを一気に強めることになった。
 政府が財投活用を主導した一方、事業主体のJR東海が受け入れるかどうかが焦点だった。東海道新幹線の高い収益力を盾に、経営への政治介入を嫌ってきた経緯があった。
 象徴的な場面は、中央新幹線の事業主体や超電導リニア方式採用を審議した10年の国交省交通政策審議会小委員会。常務の金子慎(現社長)は旧国鉄時代を念頭に「国家プロジェクトだと言って政治、行政が法律にないことでも介入して良いという誤解があっては困る」と国をけん制。社長の山田佳臣も「国の予算の状況や都合に縛られながらの推進だけはご勘弁いただきたい」と言い放った。
 だが、ふたを開けてみればJRは財投に歓迎の姿勢。安倍の会見を受け、この時の社長柘植康英は名古屋から大阪までの工事に関し「最大8年間の前倒しに向けて全力を挙げる」と同調してみせた。
 財投を審議した財政制度等審議会分科会委員の中里透(上智大准教授)は「民間金融機関との金利差は小さいが、3兆円ものロットを安定調達できる安心感は大きい」と、JRにもメリットがあったとみる。国交相の石井啓一は「経営の自主性に影響を与えようということは考えていない」と国会答弁でJRへの配慮をにじませた。
 元政府関係者の1人はJRの態度が変わった背景に、安倍と親交が深い名誉会長葛西敬之の存在を指摘する。本紙「首相の動静」によれば、安倍は藤井の提案を受けた後、改正法成立までの8カ月間に少なくとも6回、葛西と会った。財投が話題になったことは想像に難くない。葛西は17年発行の著書で「これまでのコンセプトを超えた、新機軸の政府融資だ」と称賛した。=敬称略、肩書は当時
 (「大井川とリニア」取材班)

 <メモ>中央新幹線 全国新幹線鉄道整備法(全幹法)に基づき1973年に計画された。JR東海は発足した87年に「リニア対策本部」を設置。90年に運輸相(当時)から、中央新幹線の地形・地質に関する調査指示を、当時の日本鉄道建設公団とともに受けた。山梨リニア実験線建設に資金を投入し、営業主体の指名獲得へ地歩を固めた。2007年、取締役会で中央新幹線を自己資金で建設すると決定。11年に超電導リニア方式の採用が正式に決まり、国交相から営業と建設の主体に指名を受けた。14年、工事の計画が認可された。

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