テーマ : 大井川とリニア

茶産地支える水利事業 一滴の重み、等しく共有【大井川とリニア 序章 命の水譲れない㊤】

 2027年開業を目指すリニア中央新幹線の建設が、62万人の生活を支える水資源に懸念を生じさせている。南アルプストンネルの掘削工事で大井川の流量が減少し、中下流域の水利用に影響する可能性が指摘されている問題を巡り、建設を急ぐJR東海と、工事で坑内に湧き出る水の全量を川に戻すよう求める静岡県の協議が難航し、開業遅れは不可避の情勢だ。水の確保に苦しんできた歴史を持つ流域の自治体や企業、住民にとり水問題は決してゆるがせにできない。いま改めて問題の原点に迫る。

防除作業を行う増田尚士さん。「夏場の茶園管理は翌年の一番茶の生産量や質に大きく関わる」と話す=7月上旬、島田市内
防除作業を行う増田尚士さん。「夏場の茶園管理は翌年の一番茶の生産量や質に大きく関わる」と話す=7月上旬、島田市内
長島ダム、川口取水工
長島ダム、川口取水工
トマトの苗を手入れする笠原弘孝さん。苗の間を通る管から出る水は大井川から供給されている=7月下旬、掛川市
トマトの苗を手入れする笠原弘孝さん。苗の間を通る管から出る水は大井川から供給されている=7月下旬、掛川市
大井川の年度別取水制限の実績
大井川の年度別取水制限の実績
防除作業を行う増田尚士さん。「夏場の茶園管理は翌年の一番茶の生産量や質に大きく関わる」と話す=7月上旬、島田市内
長島ダム、川口取水工
トマトの苗を手入れする笠原弘孝さん。苗の間を通る管から出る水は大井川から供給されている=7月下旬、掛川市
大井川の年度別取水制限の実績

 明治期の開拓に始まり、日本一の茶どころを象徴する生産地になった牧之原台地。日照など茶栽培に適した条件はありながら水に恵まれず、飲み水の確保さえ難しかった台地を大井川の水が潤す。
 「水に苦労した地域だからこそ、等しく水を大切に思っている。互助意識で成り立っている」
 かんがい設備での送水を管理する牧之原畑地総合整備土地改良区(島田市)の三浦俊夫事務局長は流域利水者の思いを代弁する。
 大井川の水は232カ所に上る水利用の貯留池「ファームポンド」や茶畑に配備された給水栓を通じ病害虫防除、凍霜害予防、かん水など茶栽培に不可欠な作業を支える。土地改良区は渇水期にファームポンドが枯渇しないよう取水調整に神経を使いつつ、徹底した節水に努める。かつては周辺の川から水をくんで茶畑にまくなど農家は苦労を強いられ、全国的に渇水した1994~95年は茶葉が赤く枯れる被害も出た。
 古くから発電用水として利用されてきた大井川の水は、かんがい面積1万3千ヘクタールに及ぶ農業用水、流域人口62万人の上水、工業用水などとして8市1町に届けられている。
 牧之原台地のかんがい事業は増加する水需要への対応や安定供給を目的に、多目的ダム「長島ダム」(川根本町)の建設と併せて計画され、末端設備を含めれば、配水網が完成したのは65年のかんがい施設整備の陳情から半世紀後だった。受益面積は5市にまたがる5145ヘクタール。川の水は川口取水工(島田市)で取水され、ポンプで高低差170メートルの台地上に押し上げられた後、総延長約86キロの管水路で地域を隅々まで潤す。
 利水の要である長島ダムは川口取水工に流れ込む水を調整する役割を担い、その集水区域には、リニアのトンネル工事による流量減少や地下水位の低下が問題視されているエリアが含まれる。JR東海は中下流域の水資源について「(トンネルから)100キロ離れている場所なので影響は出ないと考えている」とするが、長年、水に苦しんできた流域利水者はうのみにできない。
 祖父の代からの茶農家で吹木茶農業協同組合長の増田尚士さん(62)は「給水栓をひねって水が出るのは先人の苦労のおかげ。一滴も無駄にできない」と話す。近年、大井川の渇水が深刻化。2016年から4年連続で取水制限をし、18年から19年にかけての節水期間は147日間に及んだ。かんがいで水の心配が全て消えたわけではない。
 リニア建設に伴う流量減少問題について増田さんは「せっかく得た水を使う権利を失うのでは」と懸念する。同組合の紅林貢さん(72)も「(トンネル工事で出る)湧水を川に戻したり、戻せない分をお金で解決したりできるのか」と疑問を呈し、慎重な議論を求める。「一度失った自然は元には戻らない」

 ■JRと知事に厳しい目 流域農家の思い
 大井川の水に生活を頼る流域の農家は、リニア建設に伴う県とJR東海のやりとりをどのように見ているのか。2019年8月に取材した掛川市のトマト農家笠原弘孝さん(46)に改めて聞くと、1年たっても水を巡る不安は全く解消されていなかった。流域利水者が納得する説明ができていないJRと、流域を代表して協議を担う川勝平太知事の双方に厳しい視線を向けている。
 古くからのため池が点在する同市大東地区。大井川から水を引けるようになってイチゴやメロンを含む施設栽培が盛んになった。笠原さんはビニールハウスでトマトを栽培し、ほぼ毎日、水を必要とする。4~7月と10~11月は特に大量の水が必要で、1日に約10トンを使う。「水は豊富だから大丈夫だと言う人もいるが、ギリギリの時期もある」
 大井川流域では上流部にダムが建設されて流量が調整されるようになった近年でも、利水者が使う水量を控える取水制限が繰り返されている。
 大井川の水は近くのため池にいったん蓄えられて各農家に配給されるため、笠原さんも常にため池の水量を気遣う。「農家の相手は生き物。工場のように操業を止めてまた再開とはいかない。水がいったん不足すれば、農家は1年を棒に振ってしまう」と切実だ。
 流量減少問題の解決に時間がかかっていることにいら立ちもある。JR東海の金子慎社長は4月、本県から「あまりに高い要求」を課されたとの発言をして謝罪、撤回した。この発言について笠原さんは「無理難題をふっかけている訳でもないし、リニアに反対でもない。ごねていないのに」と困惑する。
 水利用に支障が出た場合の補償についても「水がないとできない商売。(JRは)金銭ではなく、水を用意すると言ってくれればいいだけ」とするが、これまでのJRの対応から「水枯れになった時、JRは本当に対応してくれるのか」と不信を募らせる。
 一方で一時、着工容認の見返りに金銭や駅の設置を要求するかのような発言をした川勝知事に対しても「政治的な駆け引きは分かるが、われわれは知事の言動に振り回されている。水での補償を明確に主張してほしい」と苦言を呈した。(「大井川とリニア」取材班)

 <メモ>大井川の水利用と渇水対策 渇水対策はダムの貯水状況や降水量の予測に基づき、県、利水団体や発電事業者、河川管理者などで構成する「大井川水利調整協議会」で決定。全ての利水団体が上水道、工業用水、農業用水に分類してそれぞれ定めた節水率(過去10年間は5~20%)を守ることでダムの貯水量確保に努めている。県によると、全国的な渇水に見舞われた1994年度や05年度には節水率が40%を超えた。ここ数年は第1段階の取水制限が長期化する傾向にある。

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