オリンピアン 駿河路に原点 飯塚、伊藤に聞く【静岡県市町駅伝】

 郷土のたすきを胸に駆け抜けた駿河路は、オリンピアンの原点にもなった。4日に開催される第22回静岡県市町対抗駅伝(静岡陸上競技協会、静岡新聞社・静岡放送主催)。歴代ランナー延べ1万990人の中にはその後、世界へ羽ばたいたアスリートがいる。号砲を前に、今夏の東京五輪で陸上男子200メートルに3大会連続出場した飯塚翔太(ミズノ、藤枝明誠高出)、同1万メートルで五輪初陣を飾った伊藤達彦(ホンダ、浜松商高出)に大会の記憶を聞いた。

東京五輪陸上男子200メートル予選で力走する飯塚翔太(中央)。初めて「代表」を経験したのが県市町対抗駅伝だった=8月、国立競技場
東京五輪陸上男子200メートル予選で力走する飯塚翔太(中央)。初めて「代表」を経験したのが県市町対抗駅伝だった=8月、国立競技場
陸上の日本選手権男子1万メートルで優勝し、地元で東京五輪出場を決めた伊藤達彦。県市町対抗駅伝は世界を目指す一歩にもなった=5月、エコパスタジアム
陸上の日本選手権男子1万メートルで優勝し、地元で東京五輪出場を決めた伊藤達彦。県市町対抗駅伝は世界を目指す一歩にもなった=5月、エコパスタジアム
東京五輪陸上男子200メートル予選で力走する飯塚翔太(中央)。初めて「代表」を経験したのが県市町対抗駅伝だった=8月、国立競技場
陸上の日本選手権男子1万メートルで優勝し、地元で東京五輪出場を決めた伊藤達彦。県市町対抗駅伝は世界を目指す一歩にもなった=5月、エコパスタジアム


 ■飯塚翔太(ミズノ) 旧浜岡町 第4回大会
 初めて抱いた「代表の誇り」
 小学6年の時、すごく緊張しながら1・86キロを走ったことを鮮明に覚えている。初めて地元を「代表」する喜びを感じ、チームのために力を発揮すること、誇りをもってベストを尽くすことの大切さを経験した。今は短距離の日本代表チームで行動しているが、種目は変わっても、その姿勢は変わらない。
 小学生から40代以上まで、これだけ幅広い年代が参加できる大会はなかなかない。本番直前までトップ選手と子どもたちが一緒に行動するだけでも、大きな刺激を受けることを駅伝チームで経験したからこそ、自分も短距離選手として国体の静岡チームで過ごす時間を大切にしてきた。
 小学生は競技を一つに絞ることなく、いろいろなスポーツの動きを習得することが将来につながると思う。駅伝を通じて普段、サッカーや野球をしている児童が陸上を経験することは大きい。陸上をやっている子どもたちも、他のスポーツに挑戦してほしい。
 今シーズンは右膝を痛め、東京五輪は200メートル予選敗退。400メートルリレーは応援席でバトンが途切れる瞬間を見た。2022年から2年続けて世界選手権があり、24年パリ五輪を迎える。体調を万全に整え、100メートル、200メートル、リレーで世界と戦いたい。

 いいづか・しょうた 1991年6月25日生まれ。御前崎市出身。藤枝明誠高、中央大出。浜岡一小6年で第4回大会の2区(1.86キロ)に出場し、6分20秒で町村の部7位タイ。2012年ロンドン五輪から3大会連続出場。リオ五輪は400メートルリレーの2走で銀メダルを獲得した。200メートルの自己記録は日本歴代3位の20秒11。30歳。
 
 ■伊藤達彦(ホンダ) 旧浜松市中央 第16回大会
 「走りたい」が世界への一歩
 中学はサッカー部。学校の駅伝チームに助っ人参加したのをきっかけに高校から陸上を始めたが、大学で競技を続けるつもりもなかった。ただ、チームでたすきをつなぐ駅伝は純粋に楽しく、市町駅伝は特に「走りたい」と思わせてくれた大会。この経験がなかったら今、世界を目指して走ってはいなかったかもしれない。
 後輩たちにも「きつい」と思わず、楽しんで走っている姿を応援してくれる人たちに見せてほしいと思う。自分も大学時代から、もう一度出場したいと思い続けている。
 5月に高校時代から走っていたエコパスタジアムで日本一になり、東京五輪を決められたことは感慨深かった。ただ、五輪は満足いく走りができず、スピードや暑さ対策など反省点は多い。少なくとも国内では断トツでないと世界レベルでは戦えない。パリ五輪まではトラックで勝負する。1万メートルで日本人初の26分台を出し、五輪や世界選手権で入賞したい。
 大学時代から競い合ってきた相沢晃選手(旭化成)は常にライバル視している。ずっと負け続けているので勝ちたい。ほかにも同年代には活躍している選手が多い。一緒に高め合い、日本陸上界全体をレベルアップしていければいい。

 いとう・たつひこ 1998年3月23日生まれ。浜松市中区出身。浜松商高、東京国際大出。浜松商高3年で第16回大会の5区(6.478キロ)を走り、19分8秒で市の部4位。2020年の日本選手権1万メートルで日本歴代2位の27分25秒73をマークし2位。21年にはエコパスタジムで日本選手権を初制覇し、地元で東京五輪出場を決めた。23歳。

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