名手が手本、勝ち方浸透 生え抜き選手が飛躍のきっかけに【再生へ ジュビロ磐田 3季ぶりJ1㊤】

 サッカーJリーグ1部(J1)ガンバ大阪から昨年10月、ジュビロ磐田に期限付き移籍したMF遠藤保仁は、「勝ち方」をチームに浸透させた。主将マークを腕に巻く山本康裕は遠藤のポジションの隣で、試合運びの妙を存分に吸収した。伊藤洋輝も遠藤から多くを学び、5~6月の7試合連続無失点勝利を置き土産に今夏、ドイツへと旅立った。磐田ユース出身の両選手が殻を破り、飛躍を遂げた。

磐田のトップ下としての責務を果たし、初の2桁得点を挙げた山田(左)=6月26日、長崎県のトランスコスモススタジアム長崎
磐田のトップ下としての責務を果たし、初の2桁得点を挙げた山田(左)=6月26日、長崎県のトランスコスモススタジアム長崎

 J1を制した2002年以降、衰退の一途をたどったかつての名門は近年、松井大輔、中村俊輔、大久保嘉人ら、日本代表を経験したベテランの名手を積極的にチームに迎え、「若手の手本に」と再建の道筋を示してきた。大物の獲得は、若手や中堅の成長を妨げることにもなりかねない。だが、山本康は「遠藤さんに頼ってばかりではいけない。いいところを盗んでいきたい」と向上心を成長につなげた。
 中村の加入も相乗効果をもたらした。磐田ジュニアユースで育った山田大記は藤枝東高、明大を経てプロとして磐田に戻り活躍。14年途中でドイツに移籍した。17年夏に磐田に復帰したが、山田が得意とし、攻撃の要であるトップ下のポジションには中村が君臨していた。かつて山田が着けた10番を背負う中村を超えることができず、ボランチやサイドのポジションを甘んじて受け入れた。そんな山田に、中村は「年齢を重ねてもボランチはできるが、前(トップ下)は今しかできない」と奮起を促した。
 今季の山田はけが人が出たため、数試合でサイドなどを担ったが「本職ではないから」とトップ下にこだわった。7日の2位京都サンガFCとの天王山で決勝点を奪い、公約としていた初のシーズン2桁得点を達成した現10番が今季、完全復活した。
 来季は有望な県内の高校生2人が加入する。生え抜きの選手が海外や他クラブに活躍の場を移しながら成長し、いつか磐田に戻ってチームを引っ張る。そうした好循環を生むための育成、補強が今後も求められてくる。
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 J2を圧倒的な強さで制し、3季ぶりのJ1復帰を決めたジュビロ磐田。今季を振り返り、J1で戦うための課題を探る。

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