​盗撮の実態、知っていますか? 10年で倍増/常習化しやすく 被害に遭わないためには…【NEXT特捜隊】

主婦が目撃した盗撮現場(主婦の証言を基に再現)
主婦が目撃した盗撮現場(主婦の証言を基に再現)

 「ショッピングセンターで盗撮を目撃しました。女性が被害に遭わないためにどんなことを心掛けたらいいですか」
 静岡新聞社NEXT特捜隊(N特)にこんな疑問が届いた。警察庁の統計によると、盗撮による摘発件数は3953件(2019年)で10年前に比べ倍増している。盗撮と並んで「二大性犯罪」とされる痴漢が減少傾向にあるのと対照的だ。そもそも、どんな人がどのように盗撮をしているのだろうか。盗撮を巡っては常習者が多いとされている。なぜ、性犯罪に手を染め、抜け出せなくなるのか。近年の倍増の要因は。気になる背景をじっくりと掘り下げた。


カメラがついた傘がスカートの中に...


 N特に連絡をくれたのは東京都内在住の主婦(45)。8月、夫と高校生の息子と静岡県東部のショッピングセンターで買い物しているときに盗撮を目の前で目撃した。

 主婦は午後4時ごろ、上りのエスカレーターに乗った。階段を1段飛ばした先に、Tシャツ、ジーパン姿の中年男性が乗っていた。男性の右手には黒っぽい傘が握られている。よく見ると、傘の持ち手部分に小型のカメラが黒いテープでぐるぐる巻きに固定されていた。

 それまで小雨が降り、傘を持っていても不自然ではない状況。傘の持ち手部分と反対側の先端部分を持っていた男性は、傘をすっと横に倒し、目の前にいる少女のスカートの下にカメラを差し入れた。少女に気付いた様子はなかった。


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 「盗撮されたよ」。主婦はエスカレーターを降りるとすぐに少女に声を掛けた。同時に、主婦のすぐ後ろにいた夫と高校生の息子が、男性の肩や腕をつかんだ。近くの店舗の店員に伝え、駆け付けた警備員に男性を引き渡した。主婦は後日、ネットに出ていた記事で、男性が盗撮(静岡県迷惑行為防止条例違反)の疑いで逮捕されたことを知った。

 主婦は「本当に自然に、気軽に盗撮している感じで、なんであんなことができるの、と怒りやむなしさがこみ上げてきた」と話す。「女性側が気を付けなければいけないというのも腹立たしいが、盗撮の特徴をある程度知っておけば、被害に遭う人を減らすことができるかもしれない」と、N特に連絡をくれたという。


盗撮の発生場所 多いのはトイレ、浴室、エスカレーター


 盗撮はどのような場所で発生しているのだろうか。盗撮や痴漢の取り締まりを担当する静岡県警生活保安課に聞いた。課の次席によると、2020年、県警が摘発した盗撮事案は69件57人。過去5年、摘発人数は60~70人前後で推移しているという。

 昨年発生した69件を場所別に分析すると、自宅浴室、公衆トイレ、大衆浴場など「衣服を着けていない場所」が42%(29件)と最も多かった。


 次に多いのがショッピングセンターで33%(23件)。多いのはエスカレーターだが、書店で立ち読みしている女性が被害に遭うケースもあった。

 盗撮に使う道具で多いのはスマホ。全体の約8割(55件)を占め、主婦が目撃した小型カメラは14%(10件)だった。手口として多いのは、スマホをスカートやトイレの中に差し入れるというもの。スマホの録画機能をオンにして更衣室内に放置しておくという手口もあった。発生時間帯は、午後6時~9時が全体の32%(22件)を占めて最も多かったが、日中の時間帯に比較的分散していた。



 これから厚着になる冬を迎えるが、季節の傾向はあるのだろうか。統計はなかったが、次席は「捜査員の感覚としてはやはり薄着になる夏場の発生が多い。ただ、それ以外の季節でも発生している」と指摘した。その上で、被害に遭いにくくするための注意点として、後ろについてきたり、必要以上に接近したりする人がいたら警戒するよう呼び掛けた。


盗撮加害者 ストレス発散で常習化「日常で味わえない優越感」


 どのような人がどのような理由で盗撮を始めるのだろうか。盗撮を繰り返す人の豊富な治療経験を持ち、9月に著書「盗撮をやめられない男たち」(扶桑社)を出版した大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)の精神保健福祉部長斉藤章佳さん(42)にオンラインで聞いた。


photo01 オンライン取材に応じる斉藤章佳さん

 斉藤さんは盗撮加害者の人物像について「大学卒の家庭があるサラリーマンというのが的確」と指摘する。つまり、どこにでもいるような「普通の男性」が盗撮を繰り返しているというのだ。

 盗撮やのぞきが常習化したクリニックの患者521人の分析では、盗撮を始めた年齢の平均は21・8歳。盗撮を始めてからクリニックを受診するまでの期間は平均7・2年だった。盗撮の頻度は「週2回」「週3回」が最も多く、単純計算で、多くの加害者が千回以上盗撮を重ねていたことになる。

 盗撮する最初の動機は性的な理由が多いが、繰り返す間にストレス発散や優越感、達成感を味わえるなど複合的な理由が加わり、徐々に常習化していくケースがよく見られる。特定の行為をやめられない「行為依存」の状態で、やがて、自分の意思の力で衝動を制御するのが難しくなるという。

 斉藤さんは「ある盗撮加害者が言った『盗撮は日記を盗み見る行為と同じ。その優越感は日常生活では絶対に味わえない』という言葉は、盗撮の本質を突いている」と指摘する。



 盗撮の摘発件数が増加している背景について、斉藤さんはスマホの普及とネット社会との親和性を挙げた。簡単な操作が犯行のハードルを低くし、低年齢化も招いていると指摘。盗撮は痴漢と違い、手元に盗撮のデータが残るため、盗撮専用の投稿サイトやSNSにアップして、他者から認められたいという承認欲求を満たしている加害者も多いという。


「被害、見て見ぬふりやめて」 盗撮しにくい社会形成を


 「盗撮する場所や状況は人によってだいたい決まっている」と斉藤さん。多くの場合、階段やエスカレーター、トイレなど特定の場所に行くことがトリガー(動作を始めるきっかけ)となり、盗撮の欲求が生じる。
 被害者側が知っておくべきことはあるのか。斉藤さんは「性犯罪者はその景色に溶け込み、透明人間になるとよく言われる。外見の特徴を捉えて気を付けるというのは難しい。どういう場所や状況で起こりやすいのか知っておくことが大切」と話す。


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 斉藤さんは「盗撮被害の実態が世間にちゃんと知られていない」と警鐘を鳴らす。「電車の中でスマホを持っている人を見たり、夜道を歩いたりするだけで恐怖がよみがえってくる。拡散されているんじゃないかという不安でネットを見られなくなる人もいる」と被害者の苦悩を明かす。
 それでも、盗撮が大きな社会問題にならず、軽視され続けている背景に、社会全体で共有している男尊女卑の価値観があると指摘する。「盗撮を見て見ぬふりをすることは加害者に荷担していることになる。被害者に『大丈夫ですか』『警察に行きましょう』と必ず声を掛け、第三者の意識を変えることが必要」と訴える。

 N特に連絡をくれた主婦に取材の成果を伝えた。主婦は「依存症だから仕方ない、と寄り添う気持ちになかなかなれないのが正直なところ」と率直に話した。その上で「盗撮という犯罪は身近にあり、被害者にも加害者にもなりえるという教育が必要と感じた」と強調した。


盗撮横行 背景に男尊女卑の社会
 盗撮治療の専門家斉藤章佳さんに聞きました


 大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さんとの一問一答は次の通り。
 -盗撮をする人の平均的な人物像は。

 「クリニック患者521人の分析では、『大卒の家庭があるサラリーマン』というのが的確なイメージ像。圧倒的に若い世代が多い。60代は1%くらいしかいない。最近目立つのは高校生。スマホを自由に使えるようになる時期と重なる」
 -高校生が増えている理由は。

 「盗撮は、画像をネットにあげるなどSNSとの親和性が高い。デジタル世代である若者が自然と多くなるのではないか。クラスの中でスクールカーストの上位のグループに入るために、人気のある女子生徒の後ろ姿を隠し撮りした高校生が、どんどん行為をエスカレートさせて刑事事件に発展したケースもあった」
 -盗撮を繰り返す理由は。
 「最初は盗撮を軽視した性的な理由が多いが、ストレスへの対処行動として繰り返している人もいる。家庭では家事労働や育児に協力的、職場では長時間労働もいとわないような従順な労働者が唯一、自分の優越感や達成感を満たせるのが盗撮行為というパターン。ロールプレイングゲームのように経験値を積み上げる感覚で実行している人もいる。盗撮加害者の配偶者やパートナーから『盗撮さえしなければ非常にいい人』という話はよく聞く」
 -盗撮が発生しやすい場所は。
 「トイレ、階段、エスカレーター、駅のホーム、電車内…。このあたりが多い。駅はまさにトリガースポット。コンビニでは見ないが、駅には盗撮、痴漢に注意というポスターがたくさん貼ってあるのはそういう理由から。被害者側は本来何も気にしない、当たり前に安全な社会が理想だが、どういう場所で起こりやすいのか知っておいて損はない」
 -発生傾向に季節は関係あるか。
 「夏場に増える傾向はある。盗撮はスカートの中を撮るケースが多く、薄着の夏場を狙って回数が増えていく。しかし、狙っている人は一年中狙っている」
 -著書で「日本は盗撮大国」と指摘している。背景は。
 「伝統的に盗撮、のぞき行為を軽視してきた文化がある。テレビの時代劇やドラマ、漫画の中で女性の風呂をのぞくシーンがよく出てきた。社会全体でそういった行為を大目に見る風潮がある中で、盗撮のアダルトサイトがあったり、映像が販売されたりしている。盗撮なんてたいしたことじゃない、という意識は男性だけでなく女性の中にもある。実際、『痴漢ぐらいで騒ぐな』『痴漢に遭って女として一人前』と話す年配の女性もいた。男性優位の社会の中で、メディアなどを通じて男尊女卑の価値観が男性にも女性にもすり込まれている。私はこれを『男尊女卑依存症社会』と呼んでいる」
 -盗撮という依存行為に、誰もが陥る可能性があると。
 「そう。ガチャ要素が大きい。きっかけ、タイミング、置かれている環境などがマッチングすると可能性が高まる。アルコール依存症は遺伝的な要因もある。複合的な理由で人は依存症になっていく」
 -治療のポイントは。
 「正直になることと仲間とつながること。彼らは問題行動を続けるために自分にとって都合のいい認知の枠組み、嘘や自己正当化が習慣になっている。嘘つきは泥棒の始まりというが、実は逆で、泥棒は嘘つきの始まり。周囲との関係性の中で嘘が必要になる。つまり、逆のことをやっていかないと回復できない。今まで話せなかったことを仲間の中で話す。やめたいけどやめられないんだ、こんなに苦しいんだと。自分の弱さをオープンにする。依存症はよく『人にうまく依存できない病気』と言われる」
 「依存症からの回復の哲学で『強くなるより賢くなれ』という言葉がある。『我慢する』とか『意志を強くする』という根性論では依存症はよくならない。依存症という病は個人の意志で対処できるレベルを超えている。どういう状況がハイリスクで、どういうトリガーがあって、トリガーを引いたときにどう対処するかを学ぶことが大事。追いつめられたときにいかに仲間に助けを求められるか。賢い人というのは、自分の弱さを知っている人のことだ」
 -盗撮が起こりにくい社会にするためには。
 「まずは法律が変わること。今は条例違反が適用されることが多いが、条例なので刑罰は軽い(静岡県では1年以下の懲役、または100万円以下の罰金)。撮影(盗撮)罪ができ、厳罰化されれば大きな抑止力になる。法制審議会での議論に注目している」

 「盗撮は駅やショッピングセンターなど人目のある場所で起こるケースが多い。目撃者がいることも多いと思う。こうした第三者の人は見て見ぬふりをするのではなく、声を上げてほしい。加害者にアプローチするのは危険を伴うが、被害者に『大丈夫ですか』と声掛けすることはできると思う。性暴力に見て見ぬふりをして1番得をするのは加害者。声を上げないでいるのは加害行為に加担しているのと同じことだ。そうやって個々人の意識をアップデートしていけば、当事者性を持たない第三者の人たちの行動も変わり、盗撮が起きにくい社会になっていくはずだ」

 斉藤章佳(さいとう・あきよし) 精神保健福祉士、社会福祉士。アジア最大規模とされる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして長年、アルコール、ギャンブル、性犯罪などさまざまな依存症治療に携わっている。著書に「盗撮をやめられない男たち」(扶桑社)、「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)など多数。1979年生まれ。滋賀県高島市出身。

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