不明者名簿の公表 国が全国に検討を要請【再起への一歩 熱海土石流3カ月③】

 熱海市伊豆山の土石流発生から2日後の7月5日夜、静岡市葵区の県庁県政記者室。安否不明者の名簿はまだ公表できません-。県危機管理部幹部が各社の記者にそう説明していた時だった。「公表しないとダメだ」。荒い声が響いた。記者たちが一斉に入り口を振り向くと、防災服姿の難波喬司副知事が険しい表情で立っていた。

安否不明者の名簿公表から一夜明け現場を捜索する消防隊員ら。不明者の絞り込みが進み捜索が円滑化した=7月6日、熱海市伊豆山
安否不明者の名簿公表から一夜明け現場を捜索する消防隊員ら。不明者の絞り込みが進み捜索が円滑化した=7月6日、熱海市伊豆山

 説明は中断し、1時間後には64人の安否不明者の名簿が公表された。県は同日朝に公表方針を決め、斉藤栄市長の同意を取り付けていたが、名簿の精査が難航し、公表のタイミングが二転三転した。
 しかし公表の効果は大きかった。「自分の名前がある」「さっきまで一緒にいた」―。発表から1時間もたたないうちに本人や関係者から次々と連絡が入り、翌朝には41人の生存が判明。不明者は24人にまで減った。「翌日には生存率が大きく下がるとされる発生72時間を迎える。その日のうちに発表しないわけにはいかなかった」。難波副知事は“騒動”を振り返った。
 公表は捜索活動の円滑化に結び付いた。絞り込まれた不明者の住所と、住家被害状況を突き合わせて作成した「捜索マップ」に基づき捜索が進められた。指揮を執った熱海市消防本部の植田宜孝消防長は「発生当初は一体何人捜せばいいのかと途方に暮れたが、絞り込みで重点箇所が明確になった」と語る。
 9月中旬。内閣府は各都道府県に災害時の安否不明者公表に関する通知を出した。本県の取り組みが効果的だったとして、公表の判断基準や安否情報が寄せられた場合の確認手順を平時から検討するよう求めた。自治体が公表に二の足を踏む要因の個人情報保護についても、例外規定の適用検討を要請した。本県の事例は、災害時の氏名公表のあり方に先鞭(せんべん)を付けた形だ。
 一方、大規模災害時に同様の対応が取れるかや、システム不具合で閲覧制限がかかる対象者の確認ができない場合の対応など、課題も残る。「迅速な公表にはトップの決断や県警の協力が不可欠。市町と連携し、どんな災害でも対応できる仕組みを構築したい」。難波副知事はそう意欲を示した。
 
 <メモ>熱海市伊豆山の土石流で、注目されたのは安否不明者の名簿公表だけではない。土石流について、県は発生翌日に盛り土の崩落とその発生量を特定し公表した。全国に先駆け3次元点群データで地形データを取得していたため、盛り土が行われる前の航空写真との比較で正確、迅速に特定できた。ホテル避難もプライバシー確保や新型コロナウイルス感染対策の観点で注目を集めた。ただ、避難住民は他者との交流の機会が減るなど新たな課題も浮かび上がった。

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