家康か 富士山金屏風に登場の人物 静岡県世界遺産センター調査

 静岡県富士山世界遺産センターが所蔵する富士山や三保の松原、清見寺を描いた金屏風(びょうぶ)「富士三保清見寺図屏風」に登場する何者か不明だった隠居風の人物について、徳川家康の可能性が高いことが30日までに、同センターの調査で分かった。富士山と家康を一緒に描いたとみられる江戸時代の作品が見つかったのは初めてという。

清見寺の前に描かれた武家の一行
清見寺の前に描かれた武家の一行
富士三保清見寺図屏風の右(センター提供)
富士三保清見寺図屏風の右(センター提供)
富士三保清見寺図屏風の左(センター提供)
富士三保清見寺図屏風の左(センター提供)
清見寺の前に描かれた武家の一行
富士三保清見寺図屏風の右(センター提供)
富士三保清見寺図屏風の左(センター提供)

 金屏風は一隻が縦123センチ、横297センチの六曲一双。右隻は富士山や三保の松原、久能山東照宮が描かれ、左隻は清見寺を隠居風の人物が訪ねている様子が描写されている。17世紀中期の作品とみられる。センターは昨年秋ごろ収蔵した。学芸課長の松島仁教授(美術史)は当初から、作品の中で清見寺の比重が大きい点や、清見寺前に描かれた武家の一行が気になっていた。
 一行の中心には大黒頭巾をかぶった隠居風の人物が従者に何か指示を出している。多数の従者を引き連れ、4人で担ぐ大きな籠などから、かなり上位の武家だと見て、当時から清見寺にゆかりが深かった家康と推察した。
 動きのある描写には何らかの「物語」が隠れていると考え、家康と清見寺を巡る逸話を探った。玄関から一行を迎え出る年配僧侶と少年僧、茶具の用意など、意味ありげな描写をつなげていくと、一つの物語が浮かんだ。
 「土屋忠直と家康の運命的な出会いを示す物語ではないか」-。家康が清見寺に身を寄せていた敵将の遺児・忠直を見いだし、籠で連れ帰った話が複数の書物に残る。後に秀忠の側近として仕え、有力譜代大名につながるサクセスストーリー。隠居風の人物が、家康の可能性が高いと裏付ける根拠にもなった。
 家康と富士山を一緒に描いた江戸時代の作品が見当たらない背景を、松島教授は「家康自体が神格化されすぎていたのでは」と指摘。今回の金屏風は「家康と土屋家の深い結び付きを示す作品だったからこそ、人間的な家康が表現され、富士山と“共演”できたのかもしれない」と語った。
 センターは10月2日から始まる企画展で富士三保清見寺図屏風を初公開する。隠れた物語などを紹介する。

 

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