5度目夢舞台 メダル、今度こそ 車いすバスケット藤本怜央(島田出身) 東京パラリンピック

 日の丸を背負って19年。車いすバスケットボール界をけん引してきた島田市出身の藤本怜央(37)=SUS=の最終章が幕を開ける。5度目の夢舞台は日本が世界で勝つために磨いてきた「トランジションバスケ」で初のメダル獲得を狙う。

東京パラリンピックを「最終章」と位置付けて臨む藤本怜央=2019年12月、宮城県内
東京パラリンピックを「最終章」と位置付けて臨む藤本怜央=2019年12月、宮城県内

 「新しいバスケに挑戦してきた5年間だった」。9位に終わった前回リオ大会後、日本は世代交代を断行。2017年のU-23(23歳以下)世界選手権で4強入りした若手が次々にA代表デビューした。彼らが世界を驚かせたのが、素早い攻守の切り替えで欧米の「高さ」を封じ込めるトランジションバスケだった。
 藤本らベテラン組は「これまでとは全く違うバスケ」に順応するよう迫られた。一回り以上若い選手とのポジション争いを強いられ、痛感したのは体の衰え。40分間を走りきるスタミナを求められた。
 体力づくりからスタートし、例えばコート3周を全速力で回るインターバル走を繰り返して心肺機能を強化。「自分の実績、経験は通用しなかった。ポジションを勝ちとるために体にムチを入れてきた」
 かつてはほぼフル出場するのが当たり前だった。最近は半分の20分程度しかプレー時間が与えられないが、不満は口にしない。「今は誰が出てもチームバスケを遂行できる。先発でも途中出場でも、自分の仕事をしっかり果たす準備はできている」
 車いすバスケはパラスポーツ界の花形競技。漫画の影響などで国内でも人気が高まり、コロナの感染拡大前、2019年5月の天皇杯は3日間で1万8千人を超える観客を動員した。日本代表は東京パラのさらなる追い風を生かせるか。
 リオ大会後にメスを入れた藤本の右肘はほぼ完治。痛みは全くないという。「応援してきてくれた方々に納得してもらえるような形で着地したい。最終章を最高の形で終えたい」。感謝を込めて26日夜、コロンビア戦のコートに上がる。

 ふじもと・れお 島田神座小3年時、ダンプカーと衝突して右足を切断した。前回リオ大会では日本選手団の主将を務めた。現在は宮城MAXでプレー。島田北中、島田工業高出。
 

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