鈴木(聖隷クリストファー高出身)、東京パラ競泳50平「銅」 尽きぬ探究心 再び表彰台へ

 「表彰台に戻れてうれしい」。東京パラリンピック競泳男子50メートル平泳ぎで25日、2大会ぶりの銅メダルを獲得した鈴木孝幸(34)=聖隷クリストファー高出=は競泳に打ち込んで約25年間、理想の泳ぎを追求し続けてきた。結果が振るわず苦しい時期もあったが、常に水泳への探究心を持ち続け、再び世界の表彰台へ駆け上った。

男子50メートル平泳ぎ決勝(運動機能障害SB3)で銅メダルを獲得し、関係者らのエールに応える鈴木孝幸=25日夜、東京アクアティクスセンター(写真部・二神亨)
男子50メートル平泳ぎ決勝(運動機能障害SB3)で銅メダルを獲得し、関係者らのエールに応える鈴木孝幸=25日夜、東京アクアティクスセンター(写真部・二神亨)

 鈴木の原点は6歳から通った浜松市西区の障害者水泳教室「ぺんぎん村」。水中でのボール遊びや飛び込みを通して、優れたバランス感覚を身に付けた。中学3年間は吹奏楽に取り組みプールを離れたが、高校進学を機に「一番になりたい」と競泳で世界を志した。
 四肢欠損の鈴木は腕と脚の長さが左右で異なるため、真っすぐ泳ぐことさえ難しいとされた。ただ、同教室代表の伊藤裕子さん(59)とともに、自分と似た障害のある選手の映像を集めて、繰り返し泳ぎ方を研究した。伊藤さんは「身体の使い方などを提案すれば、何でもやろうとする好奇心旺盛な性格だった」と振り返る。
 その探究心は鈴木の長い競泳人生を支えてきた。20代前半までは泳ぎの力強さだけを重視してきたが、ここ5年間でフォームを改良。尻の位置を高くし、水の抵抗を減らすようにした。動作解析も導入するなどベテランの域に達しても、泳ぎの精度向上に取り組み続ける。
 フォームを修正することで逆にタイムが伸び悩むこともあったが、鈴木は「より速く泳ぐには、自分で課題を見つけて直していくしか方法はない」とチャレンジの重要性を指摘する。
 かつてぺんぎん村で鈴木とともに練習に明け暮れ、自身も知的障害者の世界水泳選手権出場経験を持つ村松諒さん(31)=同市浜北区=は「兄のような存在。たかちゃん、おめでとう」と声を弾ませ、進化に期待した。
 今大会はさらに個人4種目に出場予定だ。泳法は自由形、平泳ぎ、背泳ぎ。洗練された鈴木の泳ぎから目が離せない。
 (社会部・市川幹人、浜松総局・足立健太郎)

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