終戦の朝、散った兄 掛川の遺族、手掛かりの地・千葉で慰霊祭参列

 1945年8月15日早朝、千葉県内の航空基地から出撃し、戦死した掛川市出身の杉山光平さん=当時(20)=の遺族が15日、同県大多喜町を訪問し、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の機銃などが見つかった現場で営まれた慰霊祭に参列した。

ゼロ戦の機銃が発見された墜落場所で亡き兄を悼む杉山栄作さん=15日、千葉県大多喜町
ゼロ戦の機銃が発見された墜落場所で亡き兄を悼む杉山栄作さん=15日、千葉県大多喜町

 杉山さんは終戦の日に千葉県の上空で繰り広げられた空中戦に参加した。同県中部に墜落したとみられるが、詳細は不明で、遺骨も帰っていない。遺族の依頼を受けた地元の調査団が今年1月、休耕田からゼロ戦の機銃や人骨のようなものを発見した。杉山さんか、同じ航空隊で熊本県出身の増岡寅雄さんの可能性があり、DNA鑑定が進められている。
 慰霊祭では雨が降りしきる中、杉山さんの弟の栄作さん(92)=掛川市=らが神事に臨んだ。ゆっくりとした足取りで祭壇の前で手を合わせ、亡き兄の冥福を祈った。
 栄作さんは「長い間(戦没地が分からず)一人で頑張っていた兄貴がようやく報われる」と語り、調査に尽くした人たちに深く頭を下げ、栄作さんの長男和由さん(64)も「父には一つの区切りになったと思う」と感謝した。一方、杉山さんの戦歴は戦後の混乱で記録が残らず、不明な部分がある。和由さんは「終戦の日の朝になぜ空中戦を行ったのかなど疑問が残る。引き続き調べたい」との思いを強くした。

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