生死を分けた“あの瞬間” 住民「異変」に迷わず 熱海土石流
熱海市伊豆山の大規模土石流は17日で発生から2週間。難を逃れた住民たちが生死を分けた瞬間を語った。叫び声をきっかけに間一髪で逃げた消防団員や地域住民。泥に足を取られながらも必死に脱出した商店主。それぞれ危険を察知し、とっさに下した判断が自らの命を救った。

■地元消防団員 叫び声に反応
「生まれて初めて、死ぬんだと思った」-。そう語るのは、山に近い仲道地区の消防団員一木航太郎さん(21)。今春入団したばかりで、今回が初めての出動だった。
災害を知らせるサイレンを聞き、自宅から北へ約200メートルの消防団詰め所に急いだ。目に飛び込んできたのは、道路を覆う土砂。すでに土石流の第1波が襲っていた。
土砂のそばに、消防団の先輩多田友樹さん(35)と高橋裕気さん(41)の姿があった。3人で詰め所への迂回(うかい)路を探しながら、避難誘導に声をからした。
到着した詰め所はすでに土砂で埋まっていた。悲惨な光景を前に途方に暮れていた、その時。バキバキという破砕音と「ゴオー」という地鳴りが迫ってきた。
「やばい」「逃げろー!」。多田さんの叫び声が後方から聞こえた。声につられ、高橋さんとともにアパートの陰に身を隠した。
1、2秒後。茶色い泥の塊が2人の足元を通過した。土砂はごう音を立てながら建物の壁をかすめていった。脇道に逃げた多田さんも無事だった。
「先輩がそばにいて、パニックにならなかった。そのおかげで、今もこうして生きている」。一木さんは神妙な面持ちで語った。
■泥、一気に膝上まで 全身の力込め2階へ
大規模土石流で多くの土砂が押し寄せた伊豆山地区で下流部に位置する逢初(あいぞめ)橋。橋から50メートルほど離れたクリーニング店では1階に大量の土砂が入り込んだ。
泥は店舗にいた岡本尚子さん(68)の膝上にまで一気に達した。慌てて娘に電話すると、「2階に逃げて」と助言を受けた。全身に力を入れて泥から脱出し、階段を上がった。「全てがあっという間の出来事だった」。当時を振り返り、岡本さんは声を震わせた。
店舗南側に住む無職男性(76)は土砂崩れ発生の知らせを聞き、住民らと橋付近の様子を眺めていた。誰かが「来るぞ、来るぞ」と叫ぶ声を聞き、男性はとっさに橋と反対の方向へ逃げた。「爆発したかのような音がした」。振り向くと、さっきまで目の前にあった付近の建物が破壊されていた。
寸前のところで難を逃れた男性は「『異変を感じればすぐに逃げる』という行動原則を子どもたちに伝えていくべき」と訴える。
交通整理をしていて土石流に遭った浜地区町内会長の千葉誠一さん(74)も九死に一生を得た。「危険を感じたら迷わず逃げること」と迅速な判断の重要性を力説した。