温室栽培の創始者 先人が育てた宝、次代に【クラウンメロン100年②】

 「じいさんたちの努力や苦労がクラウンの礎になっていると思うと誇らしいね」。感慨深そうに語るのは袋井市内での温室メロン栽培の創始者、村松捨三郎氏の孫・尚さん(74)=堀越=。戦争や不況など数々の危機を乗り越え、クラウンメロンが先人たちと刻んだ100年の歴史とは―。

袋井市で温室メロン栽培を始めた村松捨三郎氏(右)ら(クラウンメロン支所提供)
袋井市で温室メロン栽培を始めた村松捨三郎氏(右)ら(クラウンメロン支所提供)
クラウンメロンに関する出来事
クラウンメロンに関する出来事
袋井市で温室メロン栽培を始めた村松捨三郎氏(右)ら(クラウンメロン支所提供)
クラウンメロンに関する出来事

 市中心部に位置する堀越地区。現在は住宅地になっているこの場所で、歴史の幕が上がった。温室メロン栽培が始まったのは1921(大正10)年。当時の主要産業は稲作や養蚕など。生活は苦しく、新たな農産物を模索していた。こうした中、捨三郎氏らは豊浜村(現在の磐田市)で知人が温室メロンの栽培を始めたことに注目した。
 当時は90平方メートル程度の手狭な畑で、暖房やビニールなどの資材は無く、木材の枠に油を塗った紙を貼り付けた簡素なハウスで栽培した。メロンが作れない春先や秋口にはキュウリや枝豆を試作するなど試行錯誤を重ね、技術を磨いた。軌道に乗り始めると生産者は増え、3年後には最初の組合が発足した。全国有数の温室メロン産地への一歩を踏み出した。
 県温室農業協同組合が編集した「静岡県温室農協発達史」によると、太平洋戦争時にはハウス設備の供出を強いられて生産の継続が困難に。73年には石油危機による燃料の高騰に豪雨災害が重なり、多くの生産者がメロン栽培から離れたと記されている。寡黙な捨三郎氏が尚さんに当時を語ることはなかったが、「(メロン栽培を)始めた当初は周囲から『道楽だ』とやゆされたと父親から聞いた。想像できない苦労がたくさんあったはず」と尚さん。自身も40年以上、温室メロン農家を営み、先駆者としての祖父の偉大さを実感したという。
 栽培開始から100年がたち、ピーク時に同地区周辺だけで100軒以上いた農家は、今では15軒程度まで減った。尚さんも体調不良を理由に13年前に引退し、同年代も次々と辞めていった。担い手の高齢化による離農はクラウンメロンも例外ではない。尚さんは「幻のメロンにしてはいけない。遠州・袋井の宝なので何とか次の世代につないでもらいたい」と願う。

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