スズキ会長の経営人生「挑戦と感謝」 退任控えインタビュー、「軽」の意義強調

 25日の株主総会後に退任予定のスズキの鈴木修会長(91)は8日、浜松市内でインタビューに応じ、「2030年以降は、ガソリンとエンジンから、電池とモーターへと自動車の本質が根本的に変わる」として電動化への対応が急務との認識を改めて示した。自社の軽自動車開発の歴史にも言及し「高齢化と核家族化が進む中、軽自動車は公共交通機関が行き届かない農村や過疎地域も含めて必要な商品だ」と軽の存在意義を強調した。

ヒット車「アルト」のミニチュアを手に笑顔を見せる鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
ヒット車「アルト」のミニチュアを手に笑顔を見せる鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
100周年の社史を手にする鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
100周年の社史を手にする鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
6月下旬の退任を控え、電動化対応の重要性を語る鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
6月下旬の退任を控え、電動化対応の重要性を語る鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
ヒット車「アルト」のミニチュアを手に笑顔を見せる鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
100周年の社史を手にする鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社
6月下旬の退任を控え、電動化対応の重要性を語る鈴木修スズキ会長=8日午前、浜松市南区のスズキ本社

 鈴木会長は「将来も自動車というカテゴリーは残ると思うが、既存の観念、知識とは異質のものになる」と予測。本年度から5カ年の新中期経営計画で電動化技術の強化を柱に据えた自社の現状を踏まえ「なせば成る。挑戦していくことが重要だ」と後進の活躍に期待した。
 日本の軽自動車を「規格の枠内で快適性や居住性を最大限追求した芸術作品」と表現し、最も記憶に残る自社の車種として、1979年に大ヒットした「アルト」を挙げた。
 81年に資本提携し、2008年に提携を解消した米ゼネラル・モーターズ(GM)との関係を「家庭教師として、車づくりの基本を教わった」と振り返った。会長退任に当たり、GMのメアリー・バーラ会長から長年の協力に感謝する内容のメッセージが届いたことも明かした。
 (浜松総局・高松勝)

 インタビューの内容は次の通り。

 ―5月の決算発表会見で「軽自動車は芸術品」と発言した。軽自動車に懸けてきた思いとは。
 「排気量660CCで寸法も比較的小さく決められた中で、技術者が快適性や居住性を高めるために、最高の英知と努力を積み重ねてきた。価格も安くなければ駄目で、そういう意味で芸術作品だ」
 「日本は今、老夫婦2人の世帯が増えている。公共交通機関が行き渡らない農村や過疎地も含め、買い物や通院などの移動に軽自動車は格好の商品だ」

 ―国内外で急速に脱炭素、電動化の動きが加速している。スズキとしての対応は。
 「自動車はガソリンとエンジンの時代から、モーターと電池に移行して全く新しいものに生まれ変わろうとしている。2030年以降は電動化を中心に、自動車の本質が根本的に変わる。かごかきや人力車がオートバイ、ガソリンエンジンの自動車と変遷したように。自動車というカテゴリーは将来も残ると思うが、既存の観念や知識とは異なるものとなる」
 「私が引退を決意したのは、モーターと電池のことが分からなくなってしまったから。30代ならチャレンジしたがね。(スズキとしては)なせば成る。あくまで挑戦が重要だ」

 ―トヨタ自動車との資本提携に至る前に、一時提携関係にあった米ゼネラル・モーターズ(GM)など海外メーカーとの協議で得たことは。
 「1981年、世界のGMがスズキを(提携先として)指名してくれた。GMさんは家庭教師だった。大学生が子どもに教えるように車作りの基本や技術を教えてくれて、大変感謝している。われわれも豊臣秀吉が織田信長の草履を温めた故事にならい、何でも隠さずに公開した」
 「今年2月に会長退任を公表した直後、GMのメアリー・バーラ現会長から、長年にわたり協力いただいたとメッセージが届いた。(提携当時のGMの)スミス会長、ワゴナー会長からもお礼状をいただき、感激した」
 「一方で、(提携解消まで法廷闘争となった)独フォルクスワーゲンは正反対で、占領軍と敗戦国のように扱われた。両社からは世界に伍(ご)していくために必要なことを学んだ」

 ―印象に残る車種を一つ挙げるとしたら。
 「ずばり、(79年発売の)アルト。開発前に地方の工場に市場調査に行った。通勤と週末の農作業のために軽トラックを使っているという話がヒントになり、通勤にも荷物を載せるのにも併せて使える車を考えた。アルトは質素倹約で作った車で、(47万円の)全国統一価格で販売した」

 ―経営者として貫いた信念とは。
 「『やる気』だ。現状に満足することなく、一歩一歩チャレンジしてきた。社長就任時に3千億円だった売上高が3兆円になり、スズキ車の国内保有台数は1千万台に達した。株主、販売店、お客さん、仕入れ先、従業員など全ての皆さんに感謝したい」
 「90歳の卒寿を祝ってもらった会であいさつをした時、感謝という言葉を三回、自然に発した。自分でも驚くほど、感謝の思いが自然に出てきた」

 ―今後の抱負は。
「相談役就任後は、自然体で行くよりしょうがない。社長就任の頃から長いお付き合いの店を中心に販売店を回りたい」

 ―地域の自動車関連の中小企業にエールを。
「これから自動車産業は大きく変わる。自覚を持って経営に当たるとともに、後継者育成に努めてほしい」

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