遺産「争族」回避、自宅に住み続けたい 「配偶者居住権」創設1年

 40年ぶりの民法(相続法)大改正で1年前に創設された「配偶者居住権」。長年連れ添った夫や妻を亡くした人が、遺産相続でもめる「争族」を回避し、安心して自宅に住み続けられる権利だ。特に、平均寿命が男性より長い女性(妻)の関心は高い。司法書士を講師に招いた静岡市内の講座で要点を確認した。(加藤愛己)

配偶者居住権のイメージ
配偶者居住権のイメージ
静岡地方法務局に開設されている「自筆証書遺言書保管制度」の窓口=静岡市葵区
静岡地方法務局に開設されている「自筆証書遺言書保管制度」の窓口=静岡市葵区
女性たちを前に講話する司法書士芝知美さん=4月、静岡市葵区
女性たちを前に講話する司法書士芝知美さん=4月、静岡市葵区
配偶者居住権のイメージ
静岡地方法務局に開設されている「自筆証書遺言書保管制度」の窓口=静岡市葵区
女性たちを前に講話する司法書士芝知美さん=4月、静岡市葵区


 手元に残す現金も確保
 親子仲良くても遺言を

 「子どもたちは今のところ無欲。でも人は変わる」。静岡市内の主婦(68)は司法書士法人芝事務所(同市葵区)代表の芝知美さん(43)の講話を聞き、わが意を得たりとうなずいた。
 夫に若い頃、遺言を残すことを提案した。夫を亡くした時の生活不安を軽減したかった。しかし当時、最期に備える「終活」はタブー。宙に浮いた。現在、子どもたちとの親子関係は良好で、相続について事前に話し合うのは尚早とも考えたが、遺産相続トラブルの実例を知り、不安が再燃。少なくとも夫婦で苦労して購入した自宅は夫亡き後も自由に使えるよう「行動に移したい」という。
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 民法で相続について規定した部分は「相続法」と総称される。「相続法」の大きな改正は1980年以来で、2020年4月施行。改正の呼び水の一つともなった遺産相続トラブルとして芝さんが紹介した実例はこうだ。
 夫を亡くした妻。夫名義で所有していた自宅の所有権を子どもに相続させた上で、妻が引き続き住んだ。その後、子どもとけんかして不仲となり、追い出されてしまった-。
 子どもを持つ夫婦のどちらかが亡くなった時、遺言がなければ、残された配偶者が遺産の2分の1、子どもが残る2分の1(複数の場合は頭割り)をそれぞれ相続するのが法定ルール。遺産分割協議によって法定相続分を変更することはできる。
 夫の遺言がなく、妻が残された場合、夫名義の自宅の所有権を妻が相続するケースは多い。今後も生活する上で自宅は欠かせないからだ。しかし、自宅は遺産価値全体の2分の1に相当するのが一般的で、法定相続分通り相続するとすれば、預貯金など残る2分の1の遺産は子どもが相続することになり、妻の手元にはわずかな現金しか残らないという。
 遺産相続トラブルの実例のように、妻が、夫名義の自宅の所有権を一足飛びで子どもに相続させるケースもある。妻が亡き夫から相続するのと同様の手続きを省略できるからだ。しかし、子どもの意思で自宅の売却が可能となり、妻が一生住み続けられる保障はない。
 こうした事態を避けるため、改正法は自宅の権利を「負担付き所有権」と「配偶者居住権」の二つに分けた。残された配偶者は、亡くなった配偶者の遺言や、遺言不在の場合は遺産分割協議によって、子どもに負担付き所有権を相続させ、自身は配偶者居住権を取得することができるようになった。
 配偶者居住権を得れば、基本的には自身が亡くなるまで自宅に無償で住み続けられる。加えて、配偶者居住権は所有権より遺産全体に占める価値が減るため、預貯金などから取り分を増すことが可能。自宅と手元に残す現金の両方を確保しやすい「一石二鳥」の制度という。
 注意すべきは2点。配偶者居住権を取得しても、登記まで済ませなければ第三者に対抗できない。二世帯住宅など親子共同名義の自宅は配偶者居住権を設定できない。
 芝さんは「女性は男性より長生きする。人生100年時代。特に、妻が夫を亡くした時、相続でもめず、安心して長生きできるよう保護するために創設されたのが配偶者居住権」と強調。相続でもめる「争族」は遺産額5000万円以下の家庭が目立ち、理由として「うちの財産は多くないから遺言は不要」「親子仲はいいから遺言は不要」と言って生前に対策をしていないことを挙げた。
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 「相続法」改正に関連して、20年7月には自筆証書遺言書保管制度が始まっている。遺言は主に、公証人による「公正証書遺言」と本人が手書きする「自筆証書遺言」があり、このうち自筆証書遺言を全国の法務局が保管する。費用は保管申請1件3900円など。本人が法務局に保管申請を予約し、持参する。これまで自宅に保管する人が多く、紛失や改ざん、相続人が保管場所を知らずに発見されないといった問題を改善する。
 芝さんは「そもそも相続人が1人しかいない人以外は全て遺言を残すべき」と指摘する。遺言がない場合、残された家族は遺産分割協議に臨まなければならないからだ。子どもがいない妻は、同じ相続人として亡き夫の両親やきょうだいと協議する必要があり「ハードルが高い」。複数人の子を持つ人も連絡が取れない子や疎遠な先妻の子などがいると労力を要するといい、「相続のルールを知り、生前に対策を」と力を込めた。
 夫を亡くしている知人から「夫亡き後について考えておくといい」と助言され、受講した静岡市内の主婦(48)は夫と子ども2人の4人家族。「遺産額が多くない家庭ほどもめやすいと知り、身につまされる。夫が元気なうちから自分事として相続を勉強する大切さがよく分かった」と真剣な表情だった。
 
 ■自筆証書遺言書 法務局で保管、県内433件
 法務省民事局がまとめた自筆証書遺言書保管制度利用状況は、2020年7月から21年3月までの全国累計で保管申請1万6721件、保管1万6655件、相続人らによる遺言書情報証明書交付請求163件。静岡地方法務局によると、同局管内(本局と沼津、富士、下田、浜松、掛川、藤枝、袋井の7支局の計8カ所)は保管433件。
 保管する遺言書は、A4サイズの用紙で、上下左右に規定の余白を設けるなど様式が決まっている(詳細は法務省ウェブサイト)。規定の余白は原本を保管すると同時に画像データ化するために必須。遺言書の内容については質問、相談を受け付けない。
 配偶者居住権の登記は、静岡地方法務局管内で「月に数件」という。
 
 ■「新しい相続の法律知識」 静岡で講座好評
 「夫亡き後の妻を守る新しい相続の法律知識」と題して同講座を主催した静岡市女性会館(谷口年江館長)によると、20人の募集を上回る申し込みがあり、最終的に37人が参加した。コロナ対策で収容人員に余裕のある部屋を会場としていたため、受け入れた。
 「法改正の内容が分かり大満足」(50代主婦)、「なかなか聞けない話。再度開催を」(70代主婦)、「いろいろあるので遺言書を早めに作る」(同)、「難しいけれど参考になった」(40代パート)などと好評だった。
 

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