ハンセン病回復支え「愛」 石山さん(静岡県出身)夫婦の日常が映画に 「記録残してくれて感謝」

 ハンセン病回復者で静岡県出身の石山春平さん(85)と妻の絹子さん(82)=川崎市=を追ったドキュメンタリー映画「絹子と春平」が、4月から動画配信大手のネットフリックスで公開されている。石山さんと監督の戸田ひかるさん(38)がこのほど取材に応じ、作品に込めた思いなどを語った。

映画「絹子と春平」の一場面
映画「絹子と春平」の一場面
撮影を振り返る石山春平さん(右)と戸田ひかる監督=5月上旬、県内
撮影を振り返る石山春平さん(右)と戸田ひかる監督=5月上旬、県内
映画「絹子と春平」の一場面
撮影を振り返る石山春平さん(右)と戸田ひかる監督=5月上旬、県内

 作品は米国やスペインなど6カ国の長年連れ添った夫婦らを題材にしたシリーズ「マイ・ラブ:6つの愛の物語」の日本編。戸田さんとスタッフは2019年5月から約10カ月間、石山さん夫婦に密着取材した。
 73分間の映画は指を自由に動かせない石山さんに代わり、絹子さんが丁寧にひげをそる場面から始まる。住まいの団地の近くを散歩したり、石山さんの運転する車で絹子さんが通院をしたり。互いに寄り添い、支え合う日常の風景が描写されている。
 「あなたが心引かれるカップルを2カ月で探してください」。米国プロデューサーからこう依頼された戸田さんは、全国を回って石山さん夫婦に巡り合った。当初はハンセン病が自分に扱えるテーマなのか悩んだが、2人が長い歳月を経て病気を語れるようになったことを知り、「今だから記録できると思った」と決意を固めた。石山さん夫婦も撮影を了承。2人の温かな人柄に「人間として学ぶことが多かった」と戸田さんは振り返る。
 石山さんは2001年にハンセン病国家賠償請求訴訟で隔離政策が違憲と判断されたことを機に、病歴を周囲に告白した。以降は全国の小中学校などで約200回の講演活動に尽力してきた。
 「偏見と差別は解消するのが難しい。僕のように後遺症を抱えて社会復帰した人は少なく、復帰したことを伏せている人もいる」と石山さんは話し、「記録を残してくれたスタッフに感謝しています」と笑顔を見せた。

 <メモ>ハンセン病は「らい菌」で引き起こされる細菌性感染症。末梢(まっしょう)神経がまひし、皮膚のただれなどの症状が生じるが、感染力は極めて弱い。日本では1996年のらい予防法廃止まで、医学的根拠がないまま元患者らを療養所に収容する隔離政策が維持された。
 石山さんは小学6年生の時に発病した。実家の納屋で約5年間、人目を忍んで生活した後に療養施設に入った。そこで後に妻になる職員の絹子さんと出会った。誰にでも明るく接する石山さんにひかれた絹子さんは「2人で頑張れば生きていける」と社会復帰を促した。2人は施設を出て1970年に結婚。石山さんは自動車の運転免許を取得し、ガイドヘルパーとして働いた。3人の子宝にも恵まれた。

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