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特集 : サクラエビ

第5回専門家研究会詳報 政策提言こだわった「実効性」 物理、濁り、漁業…幅広く【サクラエビ異変】

 駿河湾産サクラエビの不漁について静岡県内外の科学者10人が話し合う「サクラエビ再生のための専門家による研究会」は2月18日、静岡市駿河区の静岡新聞社制作センターで第5回会合を開いた。一部オンラインで行われた今回は「サクラエビ資源再生のための科学的政策提言」(本社ホームページ「アットエス」で公開中)を取りまとめ、2020年1月の初会合から続けてきた議論は新たな局面を迎えた。今後も海洋観測を通じ、提言に盛り込んだ不漁原因の仮説を実証していく。(「サクラエビ異変」取材班)

春漁前に「サクラエビ資源再生のための科学的政策提言」を取りまとめた第5回会合。一部オンラインで行われた=2月18日、静岡市駿河区の静岡新聞社制作センター
春漁前に「サクラエビ資源再生のための科学的政策提言」を取りまとめた第5回会合。一部オンラインで行われた=2月18日、静岡市駿河区の静岡新聞社制作センター
12日から一般にも公開される「駿河湾可視化サイト」
12日から一般にも公開される「駿河湾可視化サイト」
駿河湾奥海面
駿河湾奥海面
富士川河口や日本軽金属の自家発電用導水管の放水路からは強い濁りが駿河湾に流れる=2020年3月、静岡市清水区(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
富士川河口や日本軽金属の自家発電用導水管の放水路からは強い濁りが駿河湾に流れる=2020年3月、静岡市清水区(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
春漁前に「サクラエビ資源再生のための科学的政策提言」を取りまとめた第5回会合。一部オンラインで行われた=2月18日、静岡市駿河区の静岡新聞社制作センター
12日から一般にも公開される「駿河湾可視化サイト」
駿河湾奥海面
富士川河口や日本軽金属の自家発電用導水管の放水路からは強い濁りが駿河湾に流れる=2020年3月、静岡市清水区(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)

 美山透海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員(50)=富士市=と田中潔東京大准教授(50)は黒潮大蛇行や湾奥の沿岸流など海洋物理を、荒川久幸東京海洋大教授(58)は富士川水系の濁り問題を、カサレト・ベアトリス静岡大特任教授は幼生と餌となる植物プランクトンの発生時期の「マッチ・ミスマッチ」を-といった具合に、メンバーはそれぞれがターゲットを定め海洋観測を展開中。今後さらに“不漁の真相”が明らかになるとみられる。鈴木款座長(73)=静岡大特任教授=は「今回の提言は科学者としての取り組みの『始まり』であり『終わり』ではない」と述べ、息の長い活動を継続していく決意を述べている。
 第5回会合で10人の研究者が最後までこだわったのは提言の「実効性」だ。大学などの研究機関でいわばアカデミックなアプローチを続けてきたメンバーが「駿河湾の宝石」の危機に接し、生活がかかる漁業者や行政機関の反発も予想されるなか、どこまで具体的数字や目標などを提言でき、またすべきか-。4時間近くに及んだ議論でお互いの意見が激しくぶつかる場面も多くあった。
 その一つが、3月29日に始まる春漁に向け漁業者に提示した「漁獲上限200トン」だ。明治期に始まった駿河湾サクラエビ漁は漁師の自由な裁量の下、漁獲量が決まっている。ゆえに資源減少を招いたとも指摘されるが、会議では「たとえ『提言』であっても漁獲量に『キャップ』をかぶせる権限がわれわれにあるのか」「科学的根拠があいまいな中、数字は盛り込まなくてもよいのでは」との意見が複数の研究者から出た。しかし、「いまある情報から多少大胆にでも具体的提言を行わなくては、行動に移そうとする漁業者を迷わせてしまう」との声が優勢となり、まとまった。鈴木座長は「それぞれが持っている科学者としての姿勢が表れた場面だった。両方正しいことを言っていて、最後は『この研究会のそもそもの役割は何か』というところまで立ち戻った議論が行われた」と振り返った。
 もう一つは、「一方的に提言で言うだけでよいのか」という研究者としての自問自答だ。「サクラエビ再生のための専門家による研究会」は提言冒頭の「なぜいま『提言』を発するのか」にあるように、「海洋や資源管理に関する専門的知識を持つ者の社会的責任を果たすため」発足した経緯がある。美山主任研究員や田中東大准教授、荒川東京海洋大教授、カサレト静岡大特任教授はこうした自問自答の上に海洋観測を提言公開前から継続しており、今後研究成果を披露していくことで、いわば「言い放し」にならないよう確認した。
 そのほかでは、目標の達成難易度別に春漁の課題と長期的課題を分けて提言するなど漁業者や行政・研究機関に一度に過大なプレッシャーを抱かせないようにとの配慮もあった。

 研究会メンバー それぞれの「海洋研究」の現在地
 ■〝海の天気予報”先行構築 本日公開 海洋研究開発機構・美山主任研究員(50)
 海洋環境に大きな影響を及ぼすとされる黒潮。静岡県沖では2017年8月から3年7カ月以上も大蛇行が続く。観測を開始した1965年以降では、4年8カ月(75年8月~80年3月)に次ぐ長さ。駿河湾産サクラエビの深刻な不漁との関係は-。
 海洋研究開発機構(JAMSTEC)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で日本沿岸海域を対象に開発している高精度の海洋予測モデル構築技術を使い、駿河湾周辺のパイロット版「駿河湾可視化サイト」を作成、12日付でJAMSTECのウェブサイト内(アドレスは<http://www.jamstec.go.jp/jcope/vwp/suruga/>)で公開する。
 水深500メートルまでの温度、塩分、海流について漁業やマリンスポーツでも利用可能な分解能1キロメートル格子で「あすの駿河湾」を予測するうえ、昨夏以降のデータも振り返ることができるようにしている。「駿河湾の海洋予測モデルとしてはこれまでにない精度」と胸を張る。さらに、JAXAが運用する人工衛星が実際に捉えた、植物プランクトンの豊富さを示すクロロフィル量や、富士川水系から流入する濁りの挙動などについても統合把握できるよう工夫した。駿河湾に流れ込む河川の位置も分かりやすく表示している。
 「『サクラエビ再生のための専門家による研究会』に参加するさまざまな専門分野の研究者との議論や地元の漁師らの声を聞き、何をどのように表示したらよいか理解が深まっていった。まさに研究会の一つの成果だ」と話す。そのうえで「提言を一方的に発するのではなく、われわれにできることを見せていきたい」と自らの科学者としてのポリシーも強調する。田中潔東京大准教授らと共同で行っている湾奥での海洋観測を通じ、さらに海洋予測モデルの精度を高めていく。
 サクラエビの不漁は複合的な要因によって起こっているとみられている。「駿河湾可視化サイト」は、漁業者の利用を想定するほか、今後の研究会での議論の土台にもなる。教育現場での利用にも有効だ。

■湾奥 海流構造解明に挑む 東京大・田中准教授(50)
 「駿河湾の宝石」と呼ばれるサクラエビの主産卵場として知られる富士川沖などの湾奥。なぜそもそもこの場所でサクラエビが育まれるのか。海流の重要性を海洋物理学から解き明かそうとしている。
 2020年11月中旬、地元漁業関係者の協力を得て、湾奥の水深2メートルと21メートルに海流や水温、塩分、濁度を計測できる機器を設置した。現在も連続観測中で近く回収、データを分析する予定だ。地元の東海大海洋学部は駿河湾フェリーに長年にわたって流速計を設置している。同大や研究会に参加する美山透海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員らとも連携しながら、“不漁の真因”に迫る。
 10年ほど前に行った基礎研究では、地球の自転が富士川から海に注ぐ水に作用するなどし、湾奥に特徴的な時計回りの沿岸流を形作っていることが分かった。ただ、研究会での議論などを通じ、富士川の水量によって常に同じ沿岸流が生じている訳ではないことが分かり始めているという。この場所にサクラエビの卵が滞留しやすい理由は、一つだけではなさそうだ。
 いまも続く黒潮大蛇行が湾奥の沿岸流にどのような影響を与えるかも興味の一つ。日本で最も深い湾である駿河湾に興味は尽きない。「日本の海洋科学の力を世界に発信する場にもしていきたい」と語る。

 ■飼育実験で濁り 影響把握へ 東京海洋大・荒川教授(58)
 センサーを使って富士川河口沖などの濁りの分布を調べている。河口から強い濁りが広範囲に広がっている。濁りの中の無機粒子(粘土粒子)の割合が他の海域に比べて高いことが分かってきた。例えば東京湾などでは、濁りの元になる粒子はその大部分が生物の餌になる植物プランクトンなどの有機物だが、富士川河口沖では餌にならない無機粒子が半分を占めている。
 先々、水槽にサクラエビの幼生を飼育し、異なる濃度の濁りを与え成長への影響を確認する実験を行う。具体的には、水槽に餌の植物プランクトンを投入し、そこへ無機粒子をどんどん加えて濃度ごとに成長がどう変化するかを調べる。こうすることで無機粒子の成長への影響、生存への影響がはっきりする。
 昨年11月後半に富士川河口沖で実施した調査では濁り濃度は1リットル当たり数ミリグラム程度。この時期の濃度だけに限れば、過去に行ったアサリの幼生に濁りを与える実験で成長に影響が出た数値よりも低い。
 ただし、11月はそもそも濁りの少ない時期で、観測は海の穏やかな日を選ぶことから、サクラエビが産卵する夏場のより強い濁りを想定しておく必要がある。1リットル当たり数十~数百ミリグラム程度の幅を持たせてサクラエビに影響が出始める濃度をつかみ、静岡県が濁り濃度を測定している東駿河湾工業用水のデータや実際の観測を付き合わせ1年の平均的な濁りを検討すれば、結果は見えてくるだろう。

 ■湾奥でプランクトン採取 静岡大・カサレト特任教授
 問題意識の中核にあるのは「なぜサクラエビは大きくなれないのか」。一つの仮説を唱えた。「幼生が餌のケイ藻を消費する時期とケイ藻が増殖する時期にずれがあるのでは」
 不漁が続く駿河湾産サクラエビの産卵盛期は本来の初夏から遅れていることに注目している。主産卵場の富士川沖などでは日光と栄養塩が豊富な春季、植物プランクトンがブルーミング(大発生)する。「幼生の餌になる植物プランクトンが十分ある5~7月に、大型の卵が湾奥部でたくさん産まれるように、親エビを十分に残すことが不漁克服の重要な一歩である」と捉えている。問題意識は提言の「春漁に向け早急に対応する課題」に盛り込まれた。
 2020年5月以来、由比港漁協とタッグを組んで共同研究に取り組んでおり、漁師らとのパイプもできつつある。
 昨冬には静岡大の研究室内でサクラエビの産卵とふ化、幼生の育成に成功していて、ことしの春漁以降も飼育時間をさらに長くできないか試行錯誤していく予定だ。栄養塩が豊富な海洋深層水を使って植物プランクトンを陸上養殖し、適切な時期に産卵場に添加することの有効性も検討している。
 静岡大の鈴木利幸特任助教や豊田圭太研究員らとともに、集群場所の異なる富士川沖と大井川沖のサクラエビの遺伝子上の差異や色素に関する調査なども継続中だ。

 「駿河湾可視化サイト」は本社ホームページ「アットエス」のサクラエビ異変特集ページ内リンクから見ることもできます。

 座長・鈴木款静岡大特任教授(海洋生物地球化学) 
 専門家集団としてサクラエビ不漁と資源再生の問題にできる限りのことをすることは社会的責任と考え、この1年、問題解決のための科学的議論を積み重ね、全員で提言できる宣言を発表することができた。異なる専門家が一つの共通の問題に、それぞれの立場から調査や過去の文献やデータを解析し全員が共有するまで議論した。研究会は今まで経験したことのないチームとして、静岡新聞社とともに運営できたことを誇りに思う。このチームは4月からは新たなメンバーが加わり、提言したことを実証する努力を行う。今後とも皆様の支援をよろしくお願いしたい。

 荒功一日本大教授(プランクトン学) 
 駿河湾産サクラエビ資源の保護と回復はわれわれ共通の願い。サクラエビの生産・再生産を低下させた要因について、温暖化や貧栄養化など物理・化学環境特性の変動に応答した餌料(の質・量)ならびに捕食-被捕食関係の面からシラミつぶしに探っていく。

 荒川久幸東京海洋大教授(海洋光環境学) 
 富士川水系の濁りについて検討した。河口沖の海域の海水が多くの無機粒子(粘土粒子)を含んでいることが確認できた。今後、この無機粒子がサクラエビの成長や生残にどの程度の影響があるのか明らかにする必要があると感じる。

 大森信東京海洋大名誉教授(生物海洋学) 
 近年の物理学的計測方法の進歩によって、なぜ駿河湾だけに漁業が営まれるほどサクラエビが多いのかが、ようやく分かってきた。この特別な海洋構造を持つ海で130年近く続けられてきた漁業を守り、天の恵みを生かすためには、漁業関係者はもっと海とエビの生態を知ろうとしてほしい。

 カサレト・ベアトリス静岡大特任教授(海洋生物学) 
 プランクトンの増殖時期とサクラエビの産卵時期のミスマッチをさらにきちんと調査研究する必要がある。最近のサクラエビの体長が小さいのは、このミスマッチと捕食者との競争が原因かもしれない。サクラエビの卵からのふ化に関する研究もさらに力を入れて研究したい。

 杉本隆成東京大名誉教授(水産海洋学) 
 海洋環境変動の影響に興味を持ち、駿河湾フェリーの協力を得て、清水-土肥間の上層100メートルの流速を計測中。なお、サクラエビが著しく漁獲制限されている現在、ハダカイワシなどの捕食圧がどの程度掛かっているのか、混獲物を集計し、同時にそれらを養殖魚の餌などに活用できれば、副業として救いになると思われる。

 千賀康弘東海大名誉教授(海洋分光計測) 
 専門領域の異なる海洋研究者による活発な議論はとても有意義なものであり、大きな刺激を受けた。この提言は、駿河湾の宝であるサクラエビがいつまでも静岡県の特産品であり続けるための重要な対策指針になると確信している。

 田中潔東京大准教授(海洋物理学) 
 私は研究会が始まる以前は、駿河湾の海流の基礎特性を明らかにしてきた。しかし、それだけでは、今起きている問題には対応できない。そこで、今後は県内の研究機関とともに、研究会の成果を生かして、湾内の海流の詳しい実態を明らかにしていきたいと考えている。

 中村保昭上海海洋大教授(水産海洋学) 
 科学者の発言は社会的責任を負う。「サクラエビ漁業の健全な発展と安定供給の確保」には、研究機関は生物学的許容漁獲量(ABC)の算定、行政機関はこれに基づく適正な可能漁獲量(TAC)の設定、関係団体などはこの適切な履行、この三者の協調による管理こそが命綱となる。

 美山透海洋研究開発機構主任研究員(海洋物理学) 
 サクラエビの問題に取り組むなかで、駿河湾の環境を知ろうというさまざまな努力が長年続けられてきた一方、必ずしも知見は十分に統合されていない。海洋予測情報を提供することで、駿河湾を理解するための一助としていきたい。

いい茶0

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