悲しみ、復興努力 継承を 慰霊祭 節目の今年限り【伊豆半島沖地震50年 教訓 後世へ㊦】

 南伊豆町の中木地区にある中木記念公園には、黒い石でできた慰霊碑が立つ。半世紀前の伊豆半島沖地震で27人もの人命が地区で失われた記憶を、町民に静かに伝える。「悲惨で痛ましい災害を後世に伝えるため」との言葉とともに。

2022年の伊豆半島沖地震慰霊祭。毎年遺族らが参列し、追悼のサイレンが鳴り響く中で黙とうをささげ、慰霊碑に献花してきた=南伊豆町の中木記念公園
2022年の伊豆半島沖地震慰霊祭。毎年遺族らが参列し、追悼のサイレンが鳴り響く中で黙とうをささげ、慰霊碑に献花してきた=南伊豆町の中木記念公園

 公園では毎年地震発生日の5月9日に合わせ、慰霊祭が執り行われてきた。主催する自治会や町によると慰霊祭は今年限り。発災から満49年目の2023年に50回忌の法要を終え、50年目の今回を節目にするという。遺族の逝去が相次ぎ高齢化が顕著な点も要因としている。
 「慰霊祭は犠牲者への弔いだけでなく、教訓を伝承する機会でもある」と静岡大防災総合センターの岩田孝仁特任教授は指摘。体験者の減少を念頭に「残された碑を、記憶を継承する場として大切にしてもらいたい」と願う。
 町総務課の桑原信孝防災係長(46)は「伊豆半島沖地震以後、町内で大災害は起きていない。町民の防災意識を高めるため、風化だけは避けたい」と決意を新たにする。発生時刻の黙とうサイレンの継続など今後も継承の道を探る。
 元松崎高校長で下田高非常勤講師として教壇に立つ山本哲夫さん(68)は、祖母のひゃくさんと父徳次さん、母ふさゑさんを失った。長年自身の過去は語ってこなかったが、東日本大震災を契機に生徒たちに経験を伝え始めた。
 2011年の大震災後、副校長として赴任した南伊豆町の下田高南伊豆分校での朝礼。「伊豆で生きる以上、大災害はいつかくる。大切なのはどう立ち直るかだ」と生徒に語りかけた。町の歴史を考えてもらいたいとの思いだった。
 町教委は小中学校で伊豆半島沖地震に関する授業が行われているかについて、把握していないという。山本さんは「慰霊祭は終わっても、義務教育のどこかの機会で地震のことを教えてほしい」と訴える。
 当時家族を失いながらも、消防団員として人命救助に携わった萩原作之さん(79)の思いは切実だ。自身も地域の子どもたちに経験を話してきたが、体力の限界を感じている。「今も胸に残るこの切なさが、いずれ忘れられるのはさみしい」。多くの町民が体験した、半世紀の悲しみと復興への努力。その全ての記憶の継承を、強く願っている。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞