洋上風力発電、期待と懸念 秋田・国内初の大規模商業運転1年 静岡県内も動き模索

 国内初となる大規模な洋上風力発電所が昨年12月、秋田県の能代港で商業運転を開始した。日本の風力発電は人材面などで欧州などの先進地域からは出遅れたが、世界的に電力の安定供給と脱炭素の両立が喫緊の課題となる中、政府は洋上風力を再生可能エネルギー拡大の切り札と位置付ける。行政は洋上風力事業に関わる莫大な経済効果を試算し、長期のビジネス需要などを見込む一方、地元では経済効果の波及を疑問視する声や、生態系への影響を懸念する市民の姿がある。
快晴の下、海上で存在感を放つ巨大な風車=11月上旬、秋田県能代市 官民一体 まちの活路に 変容する海の景色
 雲一つない快晴の下、巨大な風車がゆっくりと回転していた。11月上旬の能代港。青々とした日本海に20基の風車がそびえ立ち、存在感を放つ。港ではガタガタと音を立てて大型重機が港湾の造成工事を進めている。「ここ数年で、海の景色は様変わりしたよ」。散歩に訪れていた80代男性が海を見てつぶやいた。
能代港周辺には陸上でも多くの風力発電施設が稼働している  秋田県北西部に位置する能代市は市内を流れる米代川流域の豊富な森林資源を背景に栄え、20世紀初頭には「東洋一の木都」と称された。近年では輸入材の普及などで、木材の製品出荷額は減少傾向にある。1975年に約7万5千人だった人口は現在5万人を割り込むなど人口減少にも歯止めがかかっていない。
 日本中の市町村で人口が減少して都市間競争の激しさが増す中、同市は次世代エネルギーを主体としたまちづくりに活路を見いだした。2003年に策定した「新エネルギービジョン」で動力源として着目したのは昭和期に2度の大火の要因となり、やっかいものとされてきた“風”だった。
能代市  01年に市内沿岸部で陸上風力発電所が運転開始して以来設置が続き、現在陸上では30基が市内で稼働している。大規模風力発電の先進地化を戦略に掲げる中で、洋上風力発電導入に向けて懸念を抱く市民らの理解の促進に努めてきた。市エネルギー産業政策課の浜野隆司課長は「陸上風車が設置されて以降、(発電事業に対する)地域の理解が進んでいった。先行地としての優位性を生かしていきたい」と話す。
 行政の姿勢に事業拡大を狙う大手企業が熱い視線を注いだ。県が14年に実施した能代港の洋上風力発電設備の建設・運営を担う業者公募では、大手商社丸紅が採択された。国は同港を洋上風力発電の維持管理拠点となる基地港湾に指定した。
 丸紅を筆頭に県内外13社が出資した「秋田洋上風力発電」は総事業費に約1千億円を投じた。能代・秋田両港の発電容量は13万世帯分に当たる合計約14万キロワットで東北電力ネットワークに売電する。
 ハタハタなどの漁場の能代市沖周辺では近年不漁が続き、担い手の高齢化も進む。発電設備がある能代港の港湾区域内はすでに漁業権は消滅している。秋田洋上風力発電は地域との融和に向け、地元漁協組合との協調を重視。漁協が一部出資する形で発電設備の保守管理業務を請け負うための会社が23年に設立されるなど協業の取り組みが行われている。岡垣啓司社長は「漁業者には開発の段階から丁寧な説明を行い理解を得た。今もそこは協調して推進している」と話す。

「誰のため」行政と地域、「恩恵」に温度差 地元に与える経済効果について厳しい意見を投げかけた能代商工会議所の佐藤肇治会頭  官民一体で推進した発電事業の始動からまもなく1年が経過する。行政は洋上風力発電事業が地域に与える経済への波及効果に期待を寄せるが、能代の地域社会にメリットはあったのか。垣間見えてきたのは行政と地域の温度差だった。
 秋田県は2022年3月、港湾内の発電設備の建設や運転・保守などの経済効果が270億円、2650人ほどの雇用を生むとの試算を公表した。これだけの期待があっただけに能代商工会議所の佐藤肇治会頭は「地元への恩恵は少ない」と疑問を投げかける。
洋上風力発電事業に懸念を示す「能代山本洋上風力発電を考える会」のメンバー=11月上旬、秋田県能代市  能代港で稼働する風車はデンマークの風車メーカーのベスタス社製で、保守管理は同社の日本法人が行う。高い技術力が必要とされるだけに地元企業が携わるのは、送電線の変電所への接続といった作業が中心で稼働後の業務は少ない。佐藤会頭は「風車の部品やメンテナンスの技術面については地元では対応できない。主要作業は全て大手企業が担っている」と半ば諦めた表情で淡々と語る。
 一部市民も事業に疑問を抱く。自然保護に関心を持つ市民でつくる団体「能代山本洋上風力発電を考える会」の中根慶照会長は「いったい誰のための発電なのか」と語気を強める。同会によると市民から「健康面や騒音の被害が心配」「自然を失う」などの意見が上がっているという。
 生態系への懸念もある。同会は発電設備周辺で鳥が風車に衝突するバードストライクが多発する可能性を指摘する。中根会長は「行政と住民の間に乖離(かいり)があるのが一番の問題。バラ色の宣伝に惑わされず、秋田の豊かな自然を守る必要がある」と断言する。
 事業の経済効果や弊害を指摘する声に対し、行政は地元への恩恵を生もうと模索を続けている。風力発電事業に携わる人材育成のための補助金制度を創設したほか、高校生が再生可能エネルギーを学ぶ教育を実践している。能代市沖などでは、能代港の数倍規模の洋上風力事業が予定されている。地域の発展につながる事業であるべきとの意見は根強く、行政や企業は能代港の現状を踏まえて事業プランを練り上げ、丁寧に説明する必要性が高まっている。

静岡県内、導入道のり遠く 伊豆半島沖や遠州灘周辺  静岡県内では、数年前から伊豆半島沖や遠州灘周辺海域で洋上風力発電設備の建設を模索する動きがある。いずれも事業者側から環境影響評価(アセスメント)法に基づいた書面が提出されているが、県エネルギー政策課は「十分に配慮された結果とは言えない。まだ事業化できる状況ではない」とのスタンスだ。地域の特性を踏まえた対策が必要となる中で、導入の道のりはまだ遠い。
 2019年4月施行の再エネ海域利用法は洋上風力発電での海域利用のルールを整備。一定の要件を満たした一般海域を発電施設設置の促進区域としている。今年12月時点では全国10カ所の海域が指定を受け、事業者の公募が進む。県内の海域は促進区域に指定されていない。
 世界ジオパーク認定を受けている伊豆半島では景観への懸念に加え、地元漁業者の反対の声も根強く、事業化の見通しは立っていない。同課の横井志伸課長は「再生可能エネルギー導入への機運は高まっていてその必要性も認識している」とした上で、「地域の方々の不安を払拭することができなければ導入は難しい。慎重に進める」と話す。
 政府は洋上風力発電を脱炭素社会実現の「切り札」と位置付け、40年までに発電能力を最大4500万キロワットまで拡大する目標を掲げる。関連した法改正や投資の動きは盛んだが、立地する地域に与える影響は大きい。地域との共生を念頭に経済効果などの長期的な展望を明確に示すことができるかが課題となる。
(榛原支局・足立健太郎)

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