そら【空】 新作稽古後の「しづけさ」 布施安寿香【SPAC俳優 言葉をひらいて⑮】

「伊豆の踊子」の稽古が終わり、劇場から外に出る時、まず、空を見上げます。そして、その空に向かって伸び上がるように、たくさん息を吸って、たくさん吐きます。「あそこがうまくいかなかったなあ」なんて、ぐるぐると考え込んでしまう日は、空を見上げたまましばらく立ち止まったりもします。そのときによく思い出すのが八木重吉さんの詩「むなしさの 空」です。
むなしさの ふかいそらへ
ほがらかにうまれ 湧く 詩(ポエジイ)のこころ
旋律は 水のように ながれ
あらゆるものがそこにをわる ああ しづけさ
誰もいないのを見計らって、そっと声に出したりもします。すると、稽古でオーバーヒートした身体[からだ]の熱を、空が吸い取ってくれるような気がします。
新作の稽古は、目的地はなんとなく分かるけれど、どうやったらそこにたどり着けるかはわからない旅をしているようなものです。
「伊豆の踊子」は旅の物語で、旅芸人たちの物語です。時代も境遇も今の自分とは違うけれど、「旅」というキーワードでつながっている気がします。誰と出会い、どんな風景を見て何を思うのか。目的地にたどり着くことだけでなく、実はその過程が大事な点も、旅と演劇が似ていると感じるところです。
人生も旅に例えられます。山あり谷ありの旅。出会いや別れを繰り返し、中にはもう二度と会えないような隔たりができることもありますが、どんな時も空には境目はありません。このコラムをお読みの方とも同じ空の下にいます。もしかしたら、偶然、道ですれ違うこともあるかもしれません。
「伊豆の踊子」は今週から開幕し、静岡芸術劇場(静岡市駿河区)だけでなく、下田、修善寺、浜北、沼津と旅公演もします。願わくば、演劇という旅で、お会いできますよう。これまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
ふせ・あすか 1980年生まれ。2006年よりSPACを中心に国内外で活動。10月~来年2月、多田淳之介演出のSPAC「伊豆の踊子」に出演、県内各地で上演予定。