せなか【背中】 残像が今も語りかける 貴島豪【SPAC俳優 言葉をひらいて⑭】
一枚の写真。

これは2015年10月、3年にわたり海外ツアーや再演を重ねてきた「室内」という演劇公演が全て終了した翌日に、舞台芸術公園(静岡市駿河区)の宿舎からパリへの帰路につく演出家クロード・レジ氏を僕が撮ったものである。
姿が見えなくなっても、その背中の残像にしばらく立ち尽くしていた。そして、フゥと息をつき、さあ、と振り返ると、一緒にお見送りをしていた宮城聰さん(SPAC芸術総監督)とふと目が合って、どちらともなく全く同じ思いが口に出た。
「いやー、あれでいいんだなあ」
「いやー、あれでいいんですねえ」
この時御年92。演出家として60年以上闘い続ける傍ら、「今、物理学に興味があるんです」と少年のように目を輝かせ、四次元、五次元、果ては十次元まで見てみたいとかいう話が尽きないほど、深い深い探究心と強いエネルギーを持って新しいものに向かい合っている。…とまぁ、エピソードや足跡を書き出すととても足りないので、レジ氏を表している本人の言葉を紹介したい。
理解する、ということは重要ではありません
理解した、と思うときは少しのことしか分かっていません
理解を超えたところにこそ、光を与えてくれる領域があります
光を与えてくれるのはよく見えない領域なのです
わからない時こそ多くをわかっているのです
未知のものに身をさらす危険はもちろんとても面白く
疲れるだろうけどものすごく面白いはずです
残念ながら19年に旅立たれ、この一枚が僕にとって最後の姿になったのだが、この背中の残像が消えることはない。眺めるたびにいろんなものを語りかけてくれ、僕の背中を押してくれるのである。
きじま・つよし 宮崎県都城市出身。1998年よりSPACで活動し出演多数。10月、劇団「カクシンハン」の「シン・タイタスREBORN」、2024年1~3月、宮城聰・寺内亜矢子演出のSPAC「ばらの騎士」に出演予定。