こじれる感情 人災の傷 苦しむ被災者【再生 道半ば 熱海土石流2年㊤】

 「あの日から時が止まったまま。涙が流れない日はない」

娘が住んでいたアパートの跡地を見つめる小磯洋子さん。心の傷が癒えることはない=6月下旬、熱海市伊豆山
娘が住んでいたアパートの跡地を見つめる小磯洋子さん。心の傷が癒えることはない=6月下旬、熱海市伊豆山

 雑草が生い茂る空き地の前で、小磯洋子さん(73)はほおを伝う涙をぬぐいながら声を絞り出した。「家族も精神もバラバラになった。あの人災のせいで」。空き地の草陰には最愛の娘が住んでいたアパートの土台が埋もれていた。
 2021年7月3日、熱海市伊豆山を襲った大規模土石流で、洋子さんの長女=当時(44)=は部屋の中に流れ込んできた土砂から当時5歳の娘を命がけで守り、帰らぬ人となった。
 アパートもろとものみ込んだ土砂の正体は、土石流の起点となった土地の前所有者が捨て、現所有者が放置したとされる大量の残土だった。「危険な盛り土の存在を娘は知らずに死んでいった。他の犠牲者もそうだ。誰も責任を認めないし、謝ろうともしない」。あれから2年がたとうとしているが、理不尽な現実は横たわり続ける。
 アパートから約100メートルに位置する洋子さんの自宅は土石流の被害を直接受けなかったが、立ち入り禁止の警戒区域内にある。市が9月1日に同区域を解除するのに合わせ、洋子さんは夫と長男の3人で避難先の神奈川県湯河原町から自宅に帰還する予定だ。
 だが、小学1年生になった孫と友紀さんの夫である父親は戻らないという。「一緒に暮らして支えたいが、父親の考えもある。それにあの子に現場を見せられない」。母を亡くした悲しみをあまり口にしない孫。その小さな胸の内を思うとやりきれなくなる。洋子さんの精神状態はこの2年間「崩壊寸前」だ。それでも懸命に生きている。
 被災地の復旧復興が求められる中で、こうした心の傷に苦しみ続けている被災者は少なくない。
 逢初(あいぞめ)川上流部の自宅が土砂に襲われた50代女性は、発生から約1年後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。住宅が流される光景を目の当たりにし、親しくしていた友人の命が奪われた。その息子は心労が重なりやせ細っていく。「友人を助けられず、自分だけが生き残ってしまった」-。そんな気持ちに支配され、体の震えが止まらなくなることがあるという。
 女性は市内の応急仮設住宅で暮らしているが、警戒区域の解除時には自宅のライフラインが復旧する見込みだ。市の住居支援は個別の事情にもよるが、原則として警戒区域解除後、最大3カ月で打ち切られる。
 土石流の起点周辺には県の行政代執行では撤去されない盛り土が残り、地中には産業廃棄物もある。市や県は「危険性は低い」と説明するが、女性は「土石流の原因が究明されておらず、問題もたくさん残っている。安全と言われても信じられない」と、自宅への帰還を拒否する構えだ。自分と同じように精神的苦痛に悩む人への専門的な医療支援も求める。「わがままと思われるかもしれないが、私たちは人災で苦しんでいる。その立場になって考えてほしい」と訴える。
      ◇
 28人の命と住民の日常を奪い去った熱海市伊豆山の大規模土石流は、3日で発生から2年を迎える。被災者の苦しみが続く中、現地の復旧復興は迷走し、行政に対する不信感も渦巻く。あの日から伊豆山の何が変わり、何が課題として横たわり続けているのか。現場の今を追った。

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