どうする少子化 国と地方ができることとは③【賛否万論】

 今回の「賛否万論」は先週まで2回にわたり、少子化対策における地方自治体の参考事例や静岡県の実情、方策について取り上げました。3回目は政府が3月末に公表した「次元の異なる対策の試案」です。財源確保策や合意形成の道筋は-。そもそも対策内容は“異次元”なのでしょうか。議論の動向や県内関係者の声を報告します。

子どもを安心して預けられる環境整備は少子化対策の重要な一つ=10日、県中部の保育園
子どもを安心して預けられる環境整備は少子化対策の重要な一つ=10日、県中部の保育園
こども未来戦略会議で発言する岸田文雄首相(左から2人目)=4月27日、首相官邸
こども未来戦略会議で発言する岸田文雄首相(左から2人目)=4月27日、首相官邸
子どもを安心して預けられる環境整備は少子化対策の重要な一つ=10日、県中部の保育園
こども未来戦略会議で発言する岸田文雄首相(左から2人目)=4月27日、首相官邸


 国の「次元の異なる少子化対策」 財源は 合意形成への道筋は
 「言いたいことを全部言ってくれた」「すばらしい」-。大型連休最終日の7日。SNS(交流サイト)上に、ある女性の発言に共感し、女性を称賛する書き込みが瞬く間に広がった。
 女性は若者の労働問題などに取り組むNPO法人「POSSE」(東京)の学生ボランティアで、一橋大大学院生の岩本菜々さん。この日の朝に放送されたNHK番組で、小倉将信こども政策担当相を前に「貧困であらゆる機会を奪われ、長期的な人生プランを立てられない」と学生や若手社会人が抱える経済的な窮状を訴えた。
 大学生は今、半数が平均300万円の奨学金を借り、その3割が低収入を理由に返済の延滞経験があるという。岩本さんは「社会保障の話になるとすぐ『財源がない』となるが、五輪開催や防衛費の増額ではそうならない。(開催や増額)ありきだから。どこに予算を振り向けるか、優先順位を考えるべき」と指摘した。
次元の異なる少子化対策試案のポイント

 〈基本理念〉
 ・若い世代(18~34歳の未婚 者)の所得増
 ・社会全体の構造、意識を変える

 〈具体策〉
 ・児童手当の所得制限撤廃と高校卒業まで支給延長
 ・出産費用の公的保険適用を検討・大学院生の「授業料後払い制度」の創設
 ・保育士の配置基準改善
 ・「こども誰でも通園制度」の創設
 ・男女の育休給付を一定期間 実質10割に

 

 3月末に公表された「次元の異なる少子化対策の試案」で、政府は財源を示さなかった。児童手当の所得制限撤廃や育休取得促進などのメニューが網羅的に盛り込まれ、新たに必要とされる費用の規模は数兆円。確保策として、政府内で社会保険料への上乗せ案が浮上した。
 社保料の上乗せは現役世代の負担になるため、世論は敏感に反応した。共同通信が4月末に実施した全国電話調査では反対が56.3%に上り、賛成の38.8%を上回った。本紙にも読者から「労働力にさらに負担を求めるのか」(59歳男性)との投稿が寄せられた。経済界の代表や子育ての当事者がメンバーを務める政府のこども未来戦略会議では、社保料を増額すれば企業の原資が減ることから「賃上げの勢いを妨げる」といった趣旨の意見が出た。
 

 求められる実効性

 試案公表から1カ月以上がたち、政府はどのような立ち位置にあるのか。小倉担当相は番組で「首相は国債を含めあらゆる可能性を排除していない」と“答弁”。一方、加藤勝信厚生労働相は同日の民放番組で「年金や医療のお金を(少子化に)使う余地はない」と社保料の活用に否定的な考えを示した。
 閣僚の発言のずれは臆測を呼んだが、いずれにしても財源の方向性がまとまる6月の経済財政経営指針「骨太方針」まで時間は限られる。「徹底した歳出見直しが大前提」を繰り返し強調する岸田文雄首相の判断が注目される。
 試案で示された対策内容には、高い実効性が求められる。県内の関係者にどう映ったのか。
 「『またか』という感じ」
 焼津市のたかくさ保育園園長で全国保育士会長を務める村松幹子さんは、保育士の配置基準の見直しが見送られたことに率直な感想を述べた。
 政府は配置基準そのものを変えず、基準より保育士を増やした施設を支援する。保育士1人が受け持てる1歳児を6人から5人にした場合や、4~5歳児を30人から25人にした場合は運営費を増額し、早ければ2024年度から実施する。
 配置基準の改定に踏み込まなかったのは、保育士不足の現状で変えてしまうと人材の奪い合いになり、混乱を招く-というのが理由。村松さんは「そのあたり(人材確保)は国に改善するよう関係団体がずっと要望してきたのに」と失望感を隠さない。
 近年は保護者の保育ニーズが多様化している。保育事故も社会問題になった。配置基準と実態の乖離[かいり]は大きくなるばかりで、自腹を切って人員を増やす園は少なくない。村松さんは「配置基準を改定してようやく、保育は『本来の次元(水準)』になる」と皮肉交じりに指摘。「保育への安心感や信頼感が子を産む機運の高まりにつながるはず」と問題提起した。
 試案ではほかに、諸外国に比べ手薄な現金給付を強化し、現在は所得制限のある児童手当の対象を全ての子どもに広げる。支給年齢は中学生から高校卒業まで拡充し、第3子以降の増額も検討する。
 親が就労していなくても保育を利用できる「こども誰でも通園制度」の創設も打ち出した。0~2歳児のうち保育園や幼稚園に通わない無園児は約6割を占めており、制度によって子育て家庭の孤立化を防ぐ。ほかに出産費用の公的保険適用を検討する。
 対策を巡り本紙の読者投稿には多様な意見が届いた。「幼保園や小学校の行事の際、保護者に特別有給休暇を与えるべき」(66歳男性)、「若者は結婚・子育てにネガティブな価値観がある。予算は非婚化対策に振り向けて」(67歳男性)、「同じような考え方の人で議論するから金太郎あめのような対策しか出てこない。Z世代に刺さる対策を」(60歳男性)など。国の根幹に関わる問題に県民の関心は高い。
 


 結婚や子育て 難しさに直面 40代 複雑な思い抱え

 政府は対策案の基本理念に若い世代の所得増を掲げた。18~34歳の未婚者が希望通り結婚し、希望通り子どもを産み育てられる社会づくりを進める。「若い世代」より少し上の40代には、結婚や子育てに複雑な思いを抱く人たちがいる。
 静岡市出身の40代前半の男性は、交際して5年以上になる同年代の妻と昨年結婚した。当初はすぐの入籍も考えたが、収入が低く、「これでは苦労させる」とためらったという。「せめて年収が目標を超えたら」と決め、かなえた。
 ところが子どもを作ろうとすると、妻が妊娠しにくいと診断された。卵子の老化が一因という。「ようやく収入の問題をクリアできたと思ったら今度は年齢が立ちふさがるのかと落ち込んだ」と男性。その上で「国は若者を救うと言う。苦労した身としてはうらやましい」とつぶやいた。
 静岡市在住の40代の女性は、二つ目の基本理念に挙がった「社会全体の構造・意識を変える」に関心を寄せる。
 大学を卒業後、就職氷河期に総合職で企業に入社し、30歳を過ぎて結婚。30代半ばで第1子を出産した。2人目を望んだ時期もあったが「高齢出産のリスクを考えて断念した」と話す。
 20代は仕事も恋愛も充実させ、30歳ごろに結婚、出産-。「高校、大学時代の友達もみんなそう。女性の社会進出が強く言われる中、そうした人生プランが最良という風潮だった」と振り返る。
 当時、社内で取得者が増えつつあった育休と時短勤務を利用し、現在も同じ会社で働いている。夫と息子との3人暮らしは幸せだし、収入にも大きな不満はない。ただ今回、国を挙げて子育てに優しい職場環境整備や切れ目のない支援を行うと聞き、「もし今、20代だったら」と胸がざわつくという。
 「就職から結婚出産までの期間より、その後のキャリアの方が圧倒的に長いことに後になって気づいた」とした上で、「制度や環境が整っていれば、私も早いうちに結婚や子どもを望んだかもしれない。その人が人生の節目をどこに置きたいか自由に選択できるようになるのなら、若い人たちは生かしてほしい」と願った。
 

  次週の賛否万論は同じテーマでキュレーターの意見です。

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