冤罪の叫び 司法に届かず【最後の砦 刑事司法と再審/緊急連載 抗告断念㊦】

 「検察がてんびんにかけたのは、袴田さんの早期救済ではない。メンツのために特別抗告するか、それとも世論のハレーションを避けるか、というてんびんだった」。日本弁護士連合会再審法改正実現本部の鴨志田祐美本部長代行(京都弁護士会)はそうみている。

2015年に初めて対面した袴田巌さん(右)と赤堀政夫さん。2人の存在は再審法や死刑制度の在り方を社会に問いかける=浜松市内
2015年に初めて対面した袴田巌さん(右)と赤堀政夫さん。2人の存在は再審法や死刑制度の在り方を社会に問いかける=浜松市内

 みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さん(87)の再審開始を東京高裁が認めた13日、検察は最高裁に特別抗告すると多くの関係者が予想した中、鴨志田さんは「50%」と読んだ。
 再審開始決定に対する検察の不服申し立てが再審の実現を妨げているとの批判は根強い。不備が指摘される再審法(刑事訴訟法の第4編再審)の改正を求める声の高まりを受け、法務・検察は袴田さんの再審開始を争うよりも法改正を阻止するほうを重視するのではないか―。そんな考えが浮かんだという。
 鴨志田さんは「検察には今回、法務省から圧力が掛かったのではないか」と推測し、不服申し立てに関する批判について法務省の今後の対応をこう言い切る。「これから間違いなく『適切に判断している』と主張するはずだ」
 検察は特別抗告を見送った。ただ、袴田さんの再審開始を認めて釈放した2014年の再審開始決定に検察が即時抗告し、確定までに9年の月日が流れた現実がある。袴田事件弁護団の西嶋勝彦団長は「再審法の抜本的な改正が必要なのは誰の目にも明らか。特に検察の証拠開示、上訴の禁止を法制化しなくてはいけない」と改めて強調する。
 袴田さんが再審無罪となれば、死刑囚としては1989年に静岡地裁で再審無罪が言い渡された赤堀政夫さん(93)以来5人目となる。人が人を裁く以上、冤罪(えんざい)は起こりうる。何よりも重要なことは、誤りに気づいたときに速やかに救済できるかどうかだ。裁判員として市民が裁く側の当事者になり得る中、本来は誰にとっても人ごとではない。
 赤堀さんはこれまでの取材に、無実の主張に聞く耳を持たなかった捜査機関や裁判所を批判した上で「やっていない人を殺していい法律なんてない」と死刑制度の廃止を切望してきた。
 袴田さんも死刑囚の再審無罪が相次いだ80年代、獄中でこう書き記し、再審法を改正するよう指摘した。
 〈とかく軽視されがちな再審請求人の基本的人権を、司法三者が明確に守れるように努力することは、今日の再審無罪の流れを鑑みれば、絶対の急務です〉
 だが法改正はなされず、訴えは今も法治国家の在り方を社会に問いかける。

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