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無罪へ前進「うれしい」 小さな声、大きな力に 袴田さん再審確定【最後の砦 刑事司法と再審/緊急連載 抗告断念㊤】

再審開始決定報告集会で支援者に向けて話す袴田巌さん(右)。左は姉ひで子さん=21日午後、静岡市内
再審開始決定報告集会で支援者に向けて話す袴田巌さん(右)。左は姉ひで子さん=21日午後、静岡市内
支援者に拍手で迎えられて再審開始決定報告集会の会場に入る袴田巌さん(中央)=21日午後、静岡市内
支援者に拍手で迎えられて再審開始決定報告集会の会場に入る袴田巌さん(中央)=21日午後、静岡市内
再審開始決定報告集会で支援者に向けて話す袴田巌さん(右)。左は姉ひで子さん=21日午後、静岡市内
支援者に拍手で迎えられて再審開始決定報告集会の会場に入る袴田巌さん(中央)=21日午後、静岡市内

 「えぇー。私が袴田巌でございます」
 拍手で迎えられた。
 静岡市葵区の静岡労政会館。21日、再審開始確定後初めての集会が開かれた。
 「竜との闘いでありますので、みんなの協力があって勝ち抜ける。よろしくお願いします」
 袴田巌さん(87)は支援者が差し出したマイクを手に一気に話すと、さっさと壇上から降りた。会場に入ってから、わずか3分間の出来事だった。
 現在の静岡市清水区で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定したが、2014年の静岡地裁に続き東京高裁が裁判のやり直し(再審)を認め、検察当局が20日、最高裁に不服を申し立てることを断念した。
 静岡地裁の決定を受け、袴田さんが約48年ぶりに釈放されて間もなく9年。長く拘束されてきた影響が今も強くうかがえる。
 袴田さんの姉ひで子さん(90)は近況をこう報告した。
 「巌は相変わらずニコリともしませんが、『再審開始になったよ』『安心しな』と伝えましたら、少し様子が変わりましてね。自分の写真が載った新聞を食い入るように見ているんです」
 再審無罪の公算が大きくなったが、袴田さんはまだ確定死刑囚。静岡地裁での再審公判はこれからだ。
 ひで子さんは集会で「弁護士の皆さま、もうしばらくお付き合いを。支援者の皆さま、もうしばらくご支援よろしくお願い申し上げます」と呼びかけた。そして、最後に喜びを語った。
 「本当にうれしい。ありがとうございました」

弁護団と支援者 二人三脚
 「完全勝利です。半ば特別抗告されると思って準備していた。(再審開始)決定が出てから抗告断念までの動きに本当に感動している。一人一人の小さな声が大きな力になって、検察を追い込んで断念させた」
 21日に静岡市で開かれた袴田巌さん(87)の再審開始確定集会で、弁護団の間光洋弁護士は開口一番、率直な思いを打ち明けた。
 13日の東京高裁決定直後から、検察に特別抗告の断念を求める動きがSNSでも広まった。弁護団の戸舘圭之弁護士が始めたネット署名は最終的に賛同者が3万8千人を突破。小川秀世事務局長は「大きなうねりができた」と感謝する。
 袴田さんの再審開始の決め手となった「みそ漬け実験報告書」は支援者の素朴な疑問が出発点だった。20年以上にわたり、みそ漬け衣類や付着した血痕の変色を調査。確定判決が犯行着衣と認めた「5点の衣類」の不自然さを際立たせた。
 「支援者に開かれた弁護団」をうたう。2019年に加入した元裁判官の水野智幸弁護士は「新しい証拠が支援者と作り上げられることを初めて知った」と驚く。その上で「裁判所さえしっかりしていれば、このような(救済に長期間を要する)ことにはならなかったという思い」と悔いる。
 実験を主導してきた「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」の山崎俊樹さん(69)は長期の支援を「こんな判決で死刑にされたら、と思うと抜けられない」と言いつつ、「自分自身を鍛える意味で楽しんでいる面もある」と笑う。
 弁護活動への協力と並んで重要な役割を果たしているのが、14年に釈放され、故郷の浜松市で姉ひで子さん(90)と暮らす袴田さんへの寄り添いだ。街歩きを見守り、現在は日替わり制で車を運転して日課のドライブに連れて行く。弁護士は「自分たちにはとてもできない」と口をそろえる。
 「袴田さん支援クラブ」の猪野待子さんは、事件や裁判の経過ではなく「高齢の2人がどんな暮らしをしているのか」に興味を持って関わり始めた。暮らしを入り口に事件を知り、自身と同じような「普通の人」にも分かるよう学習会を企画。開催回数は17年の開始から60回を超えている。
 ひで子さんから「家族みたいなもん」と信頼される猪野さん。再審開始の確定を喜ぶ一方、検証の必要性を強調する。「重い宿題を受け取った気持ちです」
     ◇
 無実を訴え続けた袴田さんの再審開始が確定した。東京高裁決定は捜査機関によって重要証拠が捏造(ねつぞう)された可能性が極めて高いと言及。再審を巡る法の不備も浮かぶ。残された課題について考える。

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