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半世紀余「長かった」 世論喚起した支援者ら歓喜 袴田さん再審確定

 「ノックアウトで勝利」

弁護士と喜びを分かち合う日本プロボクシング協会袴田巌支援委員会の新田渉世さん(左)=20日午後、都内
弁護士と喜びを分かち合う日本プロボクシング協会袴田巌支援委員会の新田渉世さん(左)=20日午後、都内
「袴田事件」の主な経過
「袴田事件」の主な経過
弁護士と喜びを分かち合う日本プロボクシング協会袴田巌支援委員会の新田渉世さん(左)=20日午後、都内
「袴田事件」の主な経過

「やった、やった。長かった」―。検察が特別抗告を断念したとの一報が記者会見場に入ると、「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」の山崎俊樹事務局長(69)は声を上げた。
 山崎さんは、みそタンクから見つかり犯行着衣とされた「5点の衣類」の不自然さを20年以上にわたって追及してきた。弁護団の実験を主導。みそ漬けの血痕が短期間で黒色化することを示した実験報告書は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する」と評価され、その成果は袴田巌さんの再審開始に結びついた。
 20日も検察の庁舎に出向き、弁護団や他の支援者とともに特別抗告を断念するよう要請行動を展開。再審開始の確定を「胸のすく思い」と喜びをかみしめた。
 日本プロボクシング協会袴田巌支援委員会も長年、元プロボクサーの袴田さんを支えてきた団体の一つ。再審開始を認めた13日の東京高裁決定直後から「ツイッターデモ」を始め、国内外で世論を喚起した。新田渉世委員長(55)は「特別抗告というカウンターパンチを検察に出させず、ノックアウトで勝利できた。ただ(再審公判という)もう1試合が残っている」と語り、今後も袴田さんの支援に尽力する考えを示した。

近年は特別抗告の傾向 日弁連関係者指摘 再審法改正を訴え
 近年の再審請求事件を巡っては、検察が再審開始決定の取り消しを求め、最高裁まで争う傾向が見られていた。日本弁護士連合会再審法改正実現本部の鴨志田祐美本部長代行は、今回検察が特別抗告を見送った背景を「メンツと世論のハレーションをてんびんにかけた結果では」とみている。
 1989年に静岡地裁で再審無罪となった「島田事件」など戦後の4大死刑冤罪(えんざい)と呼ばれる事件では、「免田事件」を除いて検察は再審開始決定に対して特別抗告していない。免田事件は高裁で再審開始決定が出たため、特別抗告は検察にとって1度目の不服申し立てだった。
 一方、2000年代に入ると、特別抗告の流れが鮮明になる。とりわけ「検察にとっての成功体験」と指摘されるのが、鹿児島県大崎町で男性の遺体が見つかった「大崎事件」。最高裁は19年、検察の特別抗告を「理由がない」としつつ、職権による調査に基づき、殺人罪などで懲役10年が確定、服役した原口アヤ子さん(95)の再審開始を認めた鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部決定を取り消した。
 弁護士からは「理由なき特別抗告でも裁判所が何とかしてくれた。検察にとって、ごねれば何とかなるというモチベーションにつながった」との声が聞かれ、日弁連は再審開始決定に対する検察の不服申し立てを禁止することをはじめとして再審法(刑訴法の再審規定)の改正を訴えてきた。
 鴨志田さんは「どの再審請求事件も特別抗告理由はない。検察もそれを分かりながらしている。今後も基本的には特別抗告するのが原則だろう」と指摘し、法改正の必要性を強調した。

「吉報、喜ばしい」救援議連・塩谷会長
 袴田巌さんの再審開始を認めた東京高裁決定に対し、東京高検が最高裁への特別抗告を断念したことを受け、袴田巌死刑囚救援議員連盟の塩谷立会長(衆院比例東海)は20日、「吉報をわれわれ議員連盟メンバーも大変喜ばしく受け止めた。長きにわたり袴田巌さんを支えてこられた姉のひで子さん、弁護団、支援者の方々の努力に改めて敬意を表する」とコメントを出した。
 静岡地裁には東京高裁決定を重く受け止め、高齢の袴田さんや家族の胸中も踏まえた速やかな再審開始を求めた。その上で「法治国家であるわが国のあるべき姿として公正な判断が行われ、一日も早く袴田さんに再審無罪判決が言い渡されることをわれわれ一同心より祈念する。引き続き、関係者の皆さまと志をともに活動を続ける」と強調した。

速やかな無罪判決可能 葛野尋之青山学院大教授(刑事訴訟法)
 再審開始を認めた東京高裁決定は検察の反論を逐一取り上げ、丁寧に退けていった。
 前提として、みそ漬け血痕の色調変化を化学的に説明せよ、という最高裁の宿題に弁護側はしっかり答えた。一方、検察は答えることができなかった。有罪認定に合理的な疑いが生まれることに化学的根拠があるとした高裁の判断は、再審公判でも生きてくる。
 検察官はすでに主張を尽くした。再審制度の目的が無辜(むこ)の救済である以上、検察官ができることは出されている証拠に意見を述べる程度に過ぎない。そうなると、速やかに無罪判決を出すことは可能と言える。

検察内部も意見二分か 元検事の遠藤浩一弁護士
 特別抗告は高裁の判断に憲法違反か判例違反がなければできない。再審開始を認めた東京高裁決定は実験結果に基づいて判断しており、特別抗告しても実質的には事実誤認の主張しかできなかった。第2次再審請求では議論が出尽くし、高裁の判断も慎重で、覆すのは至難の業だ。現場の検察官には「これ以上何を審理するのか」との感覚が広がっていたのではないか。一方、高裁決定が捜査機関による証拠「捏造(ねつぞう)」の可能性に踏み込んだ部分は、検察組織としては承服できない内容だ。内部でも意見が割れたとみられ、有力幹部の中に積極的な特別抗告派がいたと推測される。

検察の抗告権廃止が必要 元東京高裁部総括判事の門野博弁護士
 検察が特別抗告しなかったのは、当然のこととはいえ適切な措置だ。しかし、今回の第2次再審請求だけでも、静岡地裁が再審開始を認めてから10年近くの歳月がたっており、その間、袴田巌さんの時間を奪い去ったことは取り返しがつかない。無実の人を救済するための非常手続きとして定められた再審制度の趣旨を完全に逸脱している。
 今回の審理経過は、検察に抗告権を認めることが法の趣旨をないがしろにしてしまうことをより明確に示した。ドイツが検察側の抗告権を廃止したように、日本においても直ちにそれに向けた法改正が必要だ。

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