「実り多く」名に願う 幸せ奪われ「地獄の毎日」【届かぬ声 子どもの現場は今③/第1章 河本千奈ちゃん①誕生、入園】

 牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で昨年9月、園児の河本千奈ちゃん=当時(3)=が送迎バスに置き去りにされて亡くなった事件は5日、発生から半年を迎えた。千奈ちゃんの父親(38)と母親(40)が4日までに静岡新聞社の取材に応じ、「千奈のいない現実がずっと理解できていない」と心境を語った。事件後の日々について「すごく長くて毎日が地獄のよう」と話し、複数のミスを重ねた同園関係者への怒りと、娘を失った苦しさが渦巻く胸中を明かした。多くの人々が悲しみを寄せた女の子の人生と、残された両親が今まで打ち明けられなかった思いを伝える。

カチューシャを着けてほほ笑む河本千奈ちゃん。生前最後の写真となった=9月3日、牧之原市内(両親提供)
カチューシャを着けてほほ笑む河本千奈ちゃん。生前最後の写真となった=9月3日、牧之原市内(両親提供)

 2018年9月18日早朝。父は牧之原市の自宅を出発し、関西地方の病院に向けて高速道路を走っていた。陣痛が始まった妻のもとに。自宅から電車を乗り継いでも所要時間は車とそう変わらない。それなら車の方が自分のペースで行ける―。
 「大丈夫、大丈夫」
 「待ってろよ」
 自らに言い聞かせるようにつぶやき、はやる気持ちを抑えながらアクセルを踏み続けた。 
 午前10時ごろ、病院に着いた。当時は新型コロナウイルスの感染拡大前。分娩(ぶんべん)室に入ると、夫の姿を見つけた妻の目から涙がこぼれた。少しは安心してくれたのかな。傍らに寄り添って腰をさすり、手を握った。「頑張って」
 陣痛が始まってからおよそ17時間がたった午後3時46分。3426グラムの元気な女の子が生まれた。 
 「出産ってこんなに大変なんだ」
 文字通りの難産を乗り越え、汗だくになった妻と泣きながら喜びを分かち合った。
 名前にはいくつか候補があった。夫婦で考えに考え、最終的に授けた名前は「千奈(ちな)」。千にはたくさん、奈には実が成る木、という意味がある。実り多き人生を送ってほしい―。心からの願いを込めた。
 千奈ちゃんはすくすくと育った。外で遊ぶのが大好き。公園に行けば2時間でも3時間でも遊んだ。人なつっこい性格はいつも周りを笑顔にした。たまたま近くにいた年上の子に「一緒に遊ぼ!」と声をかけることもあった。イチゴ狩りを楽しんだり、吉田公園や島田市のこども館で遊んだり―。家族の幸せな思い出がどんどんつくられていった。
 千奈ちゃんが2歳4カ月の頃、牧之原市の中心部に家を建てた。歩いて行ける距離にあったのが川崎幼稚園だった。千奈ちゃんは22年4月、川崎幼稚園に入園した。園児の数が多く、職員も多いと聞いた。悪い評判は聞かず、あえて他の園にする理由はなかった。

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