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地域文化に地道な貢献 第20回静岡県自費出版大賞

 第20回静岡県自費出版大賞に決まった「国鉄沼津機関区の百年」は、1987年の国鉄民営化まで沼津駅に隣接して設けられていた国鉄沼津機関区の歴史を膨大な資料を駆使し丁寧にまとめている。60年代に国鉄に入社した山梨孝夫さんが、同機関区の100周年記念誌として執筆した「沼津機関区百年史」をベースに、その後発掘、収集した図面や写真を盛り込み、加筆・修正を重ねた。弟の幸夫さんが編集を担った。通算すると34年もの歳月を費やした労作で、鉄道マンの誇りと情熱、日本の鉄道開業150年の節目(2022年)を彩る地域史料としての価値が高く評価された。

応募作品について意見を交わす審査員=静岡市駿河区登呂の静岡新聞放送会館
応募作品について意見を交わす審査員=静岡市駿河区登呂の静岡新聞放送会館
「国鉄沼津機関区の百年」を手に国鉄時代の思い出を語る兄の山梨孝夫さん(右)と弟の幸夫さん=清水町
「国鉄沼津機関区の百年」を手に国鉄時代の思い出を語る兄の山梨孝夫さん(右)と弟の幸夫さん=清水町
応募作品について意見を交わす審査員=静岡市駿河区登呂の静岡新聞放送会館
「国鉄沼津機関区の百年」を手に国鉄時代の思い出を語る兄の山梨孝夫さん(右)と弟の幸夫さん=清水町

 今回の応募作は小説、随筆、研究書、絵本、ガイドなど計54点。柴雅房県立中央図書館長、吉見光太郎静岡県書店商業組合理事長、武井敦史静岡大大学院教育学研究科教授、荻田雅宏静岡新聞社取締役が審査員を務めた。
 奨励賞は著者の体験や日常を反映したユニークな作品がそろった。静岡市葵区の麻機遊水地の自然をカメラで追った「生きている みんな元気」は、豊富な動植物の写真が注目を集め、「貴重な記録として地域の財産になる」とされた。かつての登山経験を緊張感ある筆致でつづった「嵐と灯」には、「内容がスリリング」「チャレンジする尊さに感動した」との声が相次いだ。「森の道しるべ」は元刑事が後輩に向けた随想だけに「事件の記述に圧倒された」「技術継承はどの組織にも共通する今日的な問題ではないか」と評価された。

大賞「国鉄沼津機関区の百年」 沼津市・山梨孝夫著 清水町・山梨幸夫編 静岡新聞社
 ―兄弟そろって国鉄沼津機関区に勤務した。出版の経緯は。
 孝夫さん「私が1965年、弟が68年に国鉄に入社した。2人とも車両検査や部品交換を担う機関車検修に従事。86年、同機関区100年の際、記念誌の制作を区長に提案し2人で担当したが時間が足りなかった。内容に満足できなかったため、再出版を誓った」
 ―御殿場線に関する記述が前作より大幅に増えている。
 幸夫さん「1889年に東海道線の一部として開業し、1934年の丹那トンネル開通以降はローカル線化した。国府津駅から御殿場駅を経て沼津駅に至る御殿場線の記録をきちんと残すのが目的の一つだった。急勾配が連続するため、強力な補助機関車の連結・切り離しを行う沼津機関区が重要な役割を果たした」
 ―2人が従事した電気機関車の検修業務を記録した写真は、安全確保に情熱を傾けた鉄道マンの思いが伝わってくる。
 幸夫さん「特に見てほしいのが1986年10月下旬に撮影された沼津機関区最後の車両解体検査の記録。1886年12月1日の創設以来、99年と11カ月の歴史に幕を下ろした時の写真で特に思い入れがある。私は現場で作業をしていたので後輩が撮った写真を借りて掲載した」
 ―約100年間の線路配置の変遷を示した図面は鉄道ファン必見だ。
 幸夫さん「鉄道博物館の書庫で丹念に資料をひもといた。予定より時間を要したが時系列で克明に追うことができた。情報を提供してくれた鉄道愛あふれる同志たちとのご縁があったおかげで完成できた」
 ―読者に伝えたいことは。
 孝夫さん「鉄道ファンだけでなく一般の人にも分かりやすく執筆した集大成。沼津機関区は少ない時で約400人、多い時は約1200人が働き、鉄道史において非常に重要な拠点だった。その役割と歴史に触れて沼津の誇りと感じてもらえたら光栄だ」

 やまなし・たかお 1946年旧芝川町(現富士宮市)生まれ。65年国鉄入社。2009年の退職後は鉄道史研究家として執筆活動を行う。
 やまなし・ゆきお 1950年静岡市駿河区生まれ。68年国鉄入社。2010年退職、同年静岡交通ビル代表取締役。20年退任。

奨励賞
 「生きている みんな元気」 静岡市葵区・小野啓雄著 静岡新聞社
 静岡市中心市街地から車で30分ほどの麻機遊水地。自然豊かな散策スポットとして近年整備が進んでいる。81歳の著者は、ウオーキングフォトグラファーを自称する元銀行マン。退職後、改めて遊水地の素晴らしさに気付き、レンズを向け続けてきた。鳥が鳴き、ひながかえり、花が咲き枯れて落ちていく命のリレー。草花、昆虫、野鳥など、撮りためた写真から約400枚を選びフォトブックにした。どのカットにも生きる仲間への愛情がこもる。

 「嵐と灯」 富士宮市・加藤三郎著 静岡新聞社
 富士宮山岳会の登山エピソードを、会員だった著者がノンフィクション、フィクションを交えて物語を仕立てた。1965年冬の甲斐駒ケ岳・未登攀[とうはん]ルートへの挑戦、67年6月のヨーロッパ・アルプスの六大北壁の一つ「ピッツ・バディレ」への登頂など、若き日の山行は悪天候、雪崩、落石とアクシデントの連続。死と隣り合わせの緊迫した場面に圧倒される。「たとえボロボロになっても『より困難からより高き』を目指す」と記す著者。若き日の登攀者魂が心を打つ。

 「森の道しるべ」 藤枝市・加藤雅美著 静岡新聞社
 著者は静岡県警刑事として長く一線で活躍した。時に迷い時に転びながらも大きな森(現役生活)を抜け出した自分の痕跡を、後輩への道しるべとして残したいと考えたという。容疑者の取り調べを通じた人間観察、上司や部下とのやりとりから導かれた組織論、仕事論を25編の随想に凝縮した。「悪意にもとりあえず善意で対処」「判断と決断、そして英断」「相手を知り、その背後を見通す」-。目次に並ぶタイトルは警察官ならずとも興味深い。

 静岡新聞社主催事業「静岡県自費出版大賞」は第20回の節目をもちまして終了とさせていただきます。2001年の開始以来、作品応募は1300点余り、力作をお寄せくださった皆さまに感謝いたします。

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