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大自在(2月24日)侵攻と侵略と戦争

 プーチン大統領はウクライナ侵攻1年を機に、モスクワでの「祖国防衛の日」の大集会で叫んだ。「ロシアの歴史的な境界線でわれわれのために戦闘が行われている」
 メディアは軍支援の象徴「Z」のシールを車に貼り、満面の笑みを浮かべる親子を映した。一方のウクライナは全土を防空警報が覆う。国民は恐怖にさいなまれ、ゼレンスキー大統領は徹底抗戦を誓う。独裁者が主導する矛盾だらけの侵略戦争は終わりが見えない。
 この戦いをなぜ「ロシア・ウクライナ戦争」と呼ばないのか。国際法で戦争は互いの宣戦布告の意思表示で始まるとされ、敵国の壊滅も選択肢になる。ただ、プーチン氏は「非ナチ化」「祖国防衛」を口実に自らの軍事行動を正当化し、戦争との表現を拒む。
 ウクライナにロシア固有の領土を侵略する意図はない。ロシア側の被害は兵士や部隊にほぼ限られ、ロシア国内には戦争とは無縁の日常がある。疲弊するウクライナ国民の生活とあまりに懸け離れている。侵攻か侵略か、それとも戦争か。歴史の教科書はどう記述するのだろう。
 ウクライナの現状は日本の国是「専守防衛」と重なる。ロシア軍はキーウに攻め込んだが、ウクライナ軍は同盟国の支援を頼りつつ、ひたすら自国に侵略した敵と戦い続ける。
 「武力攻撃を受けたとき初めて必要最小限の防衛力を行使する。憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいう」。これが、日本政府による専守防衛の定義だ。私たちは戦禍に学び、改めて専守防衛の意義と平和国家の姿を考えたい。

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