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大自在(2月23日)ナショナリズム

 熊本から上京する列車の中で、主人公は乗り合わせたひげの男に浜松辺りで話しかけられる。〈今に見えるから御覧なさい。あれが日本一の名物だ〉。車窓から望むは富士山。夏目漱石の代表作「三四郎」の一場面。
 静岡市葵区の「新通り」は、天下統一を果たした本県ゆかりの徳川家康が駿府城下の整備の際、東海道の一部を付け替えて敷設した道。時代をさかのぼれば、新通りの正面に駿府城天守閣、その向こうにそびえる富士山が見えたことだろう。江戸へと向かう西国大名に天下人の威信を見せるには、十分な視覚効果をもたらした。
 仰ぎ見る存在として富士山は揺るぎない。信仰、芸術、文芸、科学と、さまざまな人の営みに富士山は投影されてきた。
 明治中期のベストセラー「日本風景論」の著者志賀重昂[しげたか]は、最も優れた日本固有のものは風景と記し、その中でも山岳、山岳の中でも富士山を名山中の名山と説く。日清戦争のさなかに刊行され、国粋主義の勃興とともに版を重ねた。太平洋戦争の終戦まで富士山は、愛国と国威発揚の象徴となった。
 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は明日で1年。大国のナショナリズムの発露と世界秩序の乱れを目の当たりにした。ウクライナの奮闘に、自国を愛する思いと抗戦意欲の高まりを見る。過去の暗い戦争の歴史を持つ私たちは、ナショナリズムとどう向き合うか。
 富士山は終戦を経て、国威の影は薄らいだ。富士山そのものは動かず、見る人の写し鏡のように存在する。2月23日の「富士山の日」に、安寧への祈りを込める。

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