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ドニプロから三島に避難 ネジェリコさん、故郷の惨状に心痛「負ければ世界が終わる」 ウクライナ侵攻1年

 1年前の「あの日」から全てが一変した。2022年2月24日。ウクライナ東部ドニプロの自宅で就寝中だったネジェリコ・マリーナさん(63)は、三島市に住む娘の原アンナさん(41)からの電話でロシアの軍事侵攻を知らされた。現地時間は午前4時。「ロシアが攻めてきた」という娘の言葉は、どこか遠い国の出来事のように信じられなかった。

ロシアの軍事侵攻について語るネジェリコ・マリーナさん(中央)とコベリエバ・ジュリアさん(右)=21日、三島市
ロシアの軍事侵攻について語るネジェリコ・マリーナさん(中央)とコベリエバ・ジュリアさん(右)=21日、三島市
ウクライナ東部ドニプロで、ロシアの攻撃を受けた建物で救助作業をする救急隊員=1月14日(AP=共同)
ウクライナ東部ドニプロで、ロシアの攻撃を受けた建物で救助作業をする救急隊員=1月14日(AP=共同)
ウクライナ・ドニプロ
ウクライナ・ドニプロ
ロシアの軍事侵攻について語るネジェリコ・マリーナさん(中央)とコベリエバ・ジュリアさん(右)=21日、三島市
ウクライナ東部ドニプロで、ロシアの攻撃を受けた建物で救助作業をする救急隊員=1月14日(AP=共同)
ウクライナ・ドニプロ

 人口100万人のドニプロはキーウ、ハルキウ、オデーサに次ぐウクライナ第4の都市だ。街中にはカフェやレストランが並び、平常時はにぎやかに人が行き交う。しかし、ロシアが攻めてきてからは街のあちこちに戦車の侵入を防ぐバリケードが並ぶ。昨年秋から民家もロシア軍の標的とされ、今年1月にはミサイルが命中した集合住宅で大勢の民間人が犠牲になった。
 「正直、秋にはウクライナに帰れると思っていた。もちろんロシアに勝利した上で」。昨年4月、娘のコベリエバ・ジュリアさん(37)と2人の孫を連れ、原さんが嫁いだ三島に避難した。今も朝から時間があればニュースで母国の様子を気にかける。自宅と似た建物が爆撃されると胸が締め付けられるが、「ニュースを見ないと不安になる」。コベリエバさんはストレスで体調を崩し、孫たちもさまざまな不安や恐怖と戦っている。
 友人の家族が亡くなったという知らせに大きなショックを受ける。そして、安全な日本にいることが申し訳なく、母国の力になれないことが悔しい。コベリエバさんの夫はウクライナ軍に入り、故郷を守っている。連絡が来るのは2週間に1度。彼の心配事を少しでも減らせたことが、日本に来て良かったと思うせめてもの救いだ。
 戦争はまだ先が見えない。「自分たちには待つしかできない。でも、ロシアに負ければ世界が終わる」。だからこそ、国際社会のウクライナ支援を呼びかける。悲劇を終わらせ、二度と繰り返させないために。

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