テーマ : 連載小説 頼朝

第四章 骨肉の争い(63)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 十二月に入り、領地に戻っていた千葉常胤[つねたね]が鎌倉にやってきて盃酒[はいしゅ]を献じた。頼朝[よりとも]は、旧知の気の置けない連中を西の侍廊[さむらいろう]に呼んで、酒を酌[く]み交わした。
 千葉常胤、小山朝政[ともまさ]、三善康信[やすのぶ]・岡崎義実[よしざね]、足立遠元[とおもと]、小野田盛長[もりなが]らだ。皆、早い段階から頼朝を助け、鎌倉政権のために今なお宿老として尽くしてくれている面々だ。
 この男たちがいたからやってこられた。
 「今日は無礼講だ。おおいに飲んで騒いでくれ」
 頼朝は機嫌よく宣言した。
 「あの都から来た静[しずか]御前とかいう白拍子[しらびょうし]が帰ってしまったのは残念でしたな」
 こういう時に舞える者がいたら、と遠元が残念がる。
 「ならば吾[われ]が舞いましょうぞ。なに、むさくるしい爺[じい]さんですが、白拍子などに負けませぬぞ」
 常胤がすっくと立ち上がって扇を取り出す。
 「ええ、天人と見まごう舞いと、なんで張り合うんですか」
 盛長が、眉を八の字にして頓狂[とんきょう]な声を上げた。ハハハとみなが声を上げて笑う中、
 「ならば、歌はそれがしが」
 康信が申し出る。
 「吾も負けませぬぞ」
 と、静御前の伝説となった梁塵[りょうじん]の歌に、きりりと眉を引き上げてこちらも張り合った。
喋[しゃべ]る際はさほどでもないが、康信は意外と喉の張りがよく、唄[うた]うと澄んだ美声である。流行[はや]りの歌も心得ていて、
 (生真面目な男だと思っていたが)
 頼朝は意外な気がした。
 康信が何曲も続けざまに唄うのに合わせて踊り続ける常胤の足腰の丈夫さに、頼朝は舌を巻いた。
 「たいしたものですなあ。千葉介殿は、確か来月には七十歳になるのではなかったですか」
 三十代になったばかりの働き盛りの朝政が感心する。
 「そうだ。その方も負けずに踊らぬか」
 頼朝の所望に、
 「吾はあまり踊りの方は上手[うま]くござらぬゆえ、御指名くだされたことを後悔なされるやもしれませぬぞ」
 謙遜しつつも、常胤の動きに合わせて舞い始める。みなが楽しげなのが嬉[うれ]しく、頼朝の頬も自然と緩んだ。
 義経の行方が今になっても分からず、神経がぴりぴりしていた頼朝にとって、丁度良い中休みとなった。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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