第四章 骨肉の争い(48)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 「その方、訊[たず]ねられたことにずっと簡単な言葉のみで答えておったのに、今の台詞[せりふ]だけやたら長い。人はのう、嘘[うそ]を吐く時、言い訳が織り交ざって言葉も長くなるものよ。郷[さと]御前の何を隠そうとした」
 頼朝[よりとも]が鋭く突く。静[しずか]御前の元々悪かった顔色がいっそう蒼褪[あおざ]める。
 「いいえ、何も」
 「他の女に聞くところによれば、元々郷御前は九郎の都落ちに付いていかなかったそうではないか」
 あっ、という顔をして、静御前は言葉を失った。京都守護職の北条時政[ときまさ]が、他の義経[よしつね]の女も尋問し、その内容を鎌倉に送っていたのだ。
 「何故、郷御前は付いていかなかったのだ」
 「それは……分かりませぬ」
「昨年、予は郷御前に予州(義経)と別れ、鎌倉へ戻るよう説いたが、あの女は予州を愛している故と首を縦に振らなかった。だのに、此度[こたび]は付いていかぬなど矛盾しておると思わぬか」
 静御前は、どう答えて良いか分からなくなったのか、困ったように眉根を寄せた。
 「郷御前も身重だったのではないか」
 静御前の顔が強張[こわば]る。
 「なるほどのう。何としても郷御前も捜し出し、生まれた子を取り上げねばならぬようだ」
 尋問の役は、再び藤原俊兼[としかね]に戻った。
 「それで、何故、吉野の山で別れたのか」
 「私が、足手まといになったからでございます」
 「見捨てられたのか」
 「伊予守[いよのかみ]様は雑色[ぞうしき]にわが身を預け、無事に下山できるよう計らってくださいました」
 「一人吹雪の中をさ迷い、死にかけたと聞くが」
 「下山した後も暮らしていけるよう、矢銭[やせん]を削って分け与えてくださいました。雑色がその銭を奪い、私を置き去りにしたのです」
 何とひどい話だろうかと、朝日[あさひ]御前は唇を噛んだ。子を孕[はら]んだ身で吹雪く山に捨てられた時の絶望はいかほどだったことか。
 「予州の一行は、その後どこへ向かうと申しておった」
 「何も聞いておりませぬ」
 「嘘を申すでない。正直に言わねば、体に訊[き]くことになるのだぞ」
 「どれほど訊かれても、知らぬのです」
 静御前の呼吸が荒くなってきた。腹を手で押さえている。体が辛[つら]いのだろう。「もう、そこまでに」と口を開きかけた朝日御前より早く、龍[たつ]姫が立ち上がった。
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

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