第四章 骨肉の争い(46)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

朝日[あさひ]御前は、期待を込めて龍[たつ]姫に尋ねる。
「お願いって?」
「私を静[しずか]御前の尋問の場にお連れください」
「えっ」
あまりに予想外の「お願い」だ。場合によっては拷問になるかもしれぬ場に、子供を立ち会わせるなど、とんでもないことだ。
ただ、朝日御前自身は同席するつもりであった。行き過ぎた行為があれば、止めるためだ。
すぐに見つけ出して始末することができると思っていた義経[よしつね]らが、案に反していつまでも逃走を続けている現状に、頼朝[よりとも]は苛立[いらだ]っている。院が裏で手助けしているのではないかと、疑っているのだ。頼朝の怒りは、取り調べる者の焦りを生むだろう。何としても有力な情報を静御前から引き出さねば―――と。
(身重で長時間人前に引き出されるだけでも辛[つら]いでしょうに。それをさらに痛めつければ、母子共に死んでしまうかもしれない)
子はどのみち生まれたその日に殺されるのだが、もし女の子だったら、朝日御前としては何としても助けてやりたい。頼朝や男たちと闘うつもりで、朝日御前は尋問の場に乗り込む気でいた。龍姫は、何が目的で立ち会おうとしているのか。
いずれにせよ、二年もの間、心を閉ざしてきた娘が、ようやく扉を少し開きかけている。このまま開いてくれるか、再び閉ざすか、今後の対処次第となるだろう。
「なぜ」
朝日御前はまず理由を尋ねた。
「私、あの方のことが他人事とは思えなくて」
朝日御前はハッとなった。
共に過ごした時間がわずか一年ほどで、愛する人を頼朝に奪われる二人の境遇は、確かに似ている。そう思った瞬間、許婚[いいなずけ]を父に殺された龍姫を、乳母[めのと]や女房たちが慰める光景が脳裏に蘇った。あのとき、「たった一年の御縁ではございませぬか」と、過ごした時間の短さを簡単に口にする者が、何人もいた。龍姫を、思いのほか深く傷つけていたのだ。
(三郎様だけが、姫を傷つけたと思っていた)
それは、間違いだった。
龍姫は、血の気の引いた朝日御前を、じっと見つめた。
「あの方が父上に屈するか立ち向かうか、見てみとうございます」
育まれる気持ちの深さは、時間など関係ない、とその目は語っている。静御前が頼朝に負けることはないと、龍姫は信じている。
「父上は渋りましょうが、何とかいたします」
朝日御前は龍姫に約束した。
(秋山香乃・作/山田ケンジ・画)