テーマ : 三島市

日本酒文化香るまち静岡県東部 飲み、食べ比べ、もっと楽しく

 3年近く続く新型コロナウイルスの影響は、お酒との付き合い方に大きな変化をもたらした。富士山の伏流水に恵まれた“日本酒どころ”でもある県東部では、日本酒ファンや飲食店、酒販店が新しい日本酒との向き合い方を模索する動きがある。熱かんも恋しい冬、静岡県東部の「新たな日本酒文化」を特集する。

静岡県東部 酒蔵マップ
静岡県東部 酒蔵マップ


 御殿場・ナガイ酒店 小売店が酒米作りから
 御殿場市中畑のナガイ酒店が、小売店自らが酒米作りに携わった純米酒「銀明師[ぎんめいすい]」を試験的に販売している。栽培2年目の2022年は約6トンの山田錦を生産し、米の質が向上。23年初頭は初めて純米大吟醸酒も仕込む。
  photo01 自身が酒米作りに携わった日本酒「銀明師」を前にする永井彦一社長(左)と佑宜さん=御殿場市中畑のナガイ酒店
 小売りだけでなく、飲食店への卸もする同店はこの3年近く、新型コロナウイルスの影響を受けた。永井彦一社長(61)は「ただ酒を売るだけではいつか限界が来る。米さえ用意できれば醸造元を変えながらでも酒を売れると考えた」と明かす。醸造は以前から関係のあった富士高砂酒造(富士宮市)に依頼。「『御殿場コシヒカリ』でブランド力のある御殿場の米と富士山の伏流水。おいしい酒ができると自信があった」と振り返る。
 21年は地元で米作りに取り組む農機具店の五味機械産業とともに、酒米の「山田錦」と「五百万石」を2千平方メートルずつ栽培。一升瓶で約1200本の純米酒に仕上がった。ふるさと納税の返礼品にもなり、客の評判も上々という。
 22年は1・4万平方メートルと作付けを大幅に増やし、山田錦のみに。米の等級が向上し、23年は精米歩合45%の純米大吟醸酒も仕込むことにした。「淡麗辛口のさっぱりとした味に仕上がりそう」と永井社長。息子で営業担当の佑宜さん(34)は「食用米より高く売れる酒米を作る農家が御殿場も増え、農家の所得向上にもつながれば」と期待する。

 大中寺いも(沼津特産)とペアリング
 沼津市中沢田にある大中寺の副住職下山光順さん(35)が、寺ゆかりの里芋「大中寺いも」と自身が大好きな地酒との「ペアリング」を提案している。三島市の飲食店で2022年冬から、さまざまな大中寺いものメニューと味わいの違う日本酒を実際に食べ比べ、飲み比べするイベントも開いている。
  photo01 イベントを企画した(右から)島野航太さん、下山光順副住職=12月初旬、三島市の粕漬食堂K.A.S.U
 22年12月上旬、三島市の飲食店「粕漬食堂KASU」で開かれた下山さん主催のイベント。共催する同店の店主島野航太さん(43)が、清水町の老舗・中村屋麹[こうじ]店の麹を使って作った麹漬けやフライなどの大中寺いもの料理と、日本酒13種がテーブルに並んだ。
 大中寺いもは明治時代、沼津御用邸滞在時に寺に立ち寄った皇族にも振る舞われた愛鷹山麓で取れる伝統野菜。赤ちゃんの頭ほどの大きさで、大きい物は3キロほどの重さがある。「大き過ぎて調理法が分からない」といった声を受け、下山さんは21年、沼津市の料理教室「ソイリートテーブル」と、切り方や部分ごとの調理法を伝えるレシピを作成。大中寺いものさらなる魅力を引き出そうと、「地元の素材で作られたクラフト感と料理との相性の良さが魅力」という日本酒とのペアリングイベントを22年秋に初めて企画した。
 根上酒造店(御殿場市)の「金明」に合う料理には大中寺いもの麹あえを提案した。「金明は地元でしか買えない土着性や希少性が魅力。日本酒も麹を使っているので、ストレートな味わいの金明と、麹あえを合わせてみた」と下山さん。参加者は日本酒と麹、大中寺いものバランスの取れた味わいを楽しみながら、酒の特徴や飲み方の解説に耳を傾けた。

 調理のこつ 考案者に聞く
 大中寺いもを使ったレシピを考案した料理教室「ソイリートテーブル」主宰の藤原会美さん(沼津市)と粕漬食堂KASU店主の島野航太さん(三島市)に、家庭でできる麹あえの作り方と大中寺いも調理のこつを聞いた。
  photo01 大中寺いもの麹あえ 
 【藤原会美さん】大きな大中寺いもは皮をむくのが大変。初日は皮付きのフライで食べた後、残りはざく切りにして用途別に冷凍し、時短につなげたい。味わいはねっとり、もっちりというより、あっさり。里芋よりカボチャに近い感覚で、スイーツなど多様なジャンルで使いやすい。
 【島野航太さん】中村屋麹店さんの麹は発酵が進んでいるため、市販の麹より芋のデンプンを分解しやすいのが特徴。麹あえは保存が利き、普段の食卓にはもちろんお酒のつまみとしても最高。一口大に切ると、食べやすいが、小さく切りすぎるとゆでた後に崩れるので注意を。

 静岡県東部の酒蔵の特徴や日常的に日本酒を楽しむ方法について、「杉錦」で知られる杉井酒造(藤枝市)の杉井均乃介さんと、全国各地の日本酒を扱う福屋酒店の服部怜さん(裾野市)に聞いた。
 静岡県東部 酒蔵の特徴
 独自スタイル大事に 杉井酒造(藤枝) 杉井均乃介さん
 日本酒の主流を変えたのは約40年前、県工業試験場(現沼津工業技術支援センター)の河村伝兵衛技師が開発した「静岡酵母」を使った静岡型吟醸。フレッシュでフルーティーな吟醸酒(精米歩合が60%以下の酒)を冷酒で飲む楽しみ方を提案し、静岡型吟醸造りの基本技術は全国に広まった。
 県東部の酒蔵は静岡型吟醸造りスタイルに全面的にハンドルを切るのではなく、独自のスタイルを大事にしてきたように見える。
 日常的な楽しみ方
 地酒は自宅でゆっくり 福屋酒店(裾野)服部怜さん
 吟醸酒でない純米酒は、甘味や果物のような派手な香りはないが、酸味、渋味、苦味を含んだ複雑さがある。滋味深く、飲み飽きせず、日常の食卓にこそ合う。日本酒はわずかな温度帯の違いで味わいが変化し、同じお酒でもかんをつけることで全く違う印象になる。
 かんをつければうま味も増し「飲んだら食べたくなる」お酒になる。昭和の食卓のように地元のお酒を一升瓶で買って、ゆっくり味わうのをおすすめしたい。
(東部総局・尾藤旭、菊池真生)

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